六十数年来の友人と、大宮公園に行きました。

武蔵一の宮、かつての官幣大社、氷川神社。



その周辺は広大な大宮公園。

外国種と掛け合わせて作ったという、ヒレの長い大きな鯉たち。

ベンチに座ったら、カラスが、観察しに来ました。「この二人の婆ちゃんから、何かもらえるか?掠め盗れるか?見込みね〜な」と、諦めて行ってしまいました。

次に現れたのは、アツアツの鳩のカップル。
キスを何度も何度も繰り返し、遊園地の遊具の音楽に合わせて長々と踊って居ました。人間なんか気にしないで、恋に夢中。



帰り道で、この幟の意味も仔猫も確認できませんでした。

この友人は、巨大な公団住宅群に住み、最高にお人好しとみんなに思われています。
みんなの嫌われ者になっている厄介な人にも親切で、人の面倒ばかり見て暮らしています。
癌の手術も経験したのに、足が達者で、皆に「何処かへ連れてって」と頼まれ、腕にすがられて歩き回っています。足の悪い大柄の人の、買い物を持ってあげた上に腕にぶら下がられて歩くのは大変なのに、嫌と言えない人。「私だって、後期高齢者なんだよ」と言いながらも何でも引き受けてしまう。
昔から気配りの細やかな人でした。
バスの車掌時代、昭和33年9月26日狩野川台風の夜のこと。電車はバスより早く止まってしまったので、私は友達を連れ4キロ歩いて帰りましたが、男の人たちは車庫に泊まりました。
でも、食料がなく、近所の蕎麦屋にも断られ、みんな空腹でした。
そこで車庫に近い彼女の一家は、おにぎりと味噌汁を作りました。暴風雨の最中、彼女は弟と二人、冠水した道をやっと歩いて、車庫にたくさんの食料を届けたのでした。
いつもそんな風な人でした。
夫亡き後、姑さんを百歳過ぎまで自宅介護したのに、姑の遺産を全部奪りにきた親戚どもに、やってしまったお人好し。
45年も大会社に勤めて、自分の資産があるから、争うのも面倒だったのでしょうけど、はたから見ても腹立たしい話でした。
そんな風だから、一人ぼっちになった今も、近所の人々に頼られ、当てにされ、利用されながら、楽しく暮らしていられるのですね。
この次は、浜離宮から船で浅草に出て、合羽橋道具街へ食品サンプルを買いに行く予定です。
もうちょっと私の脚が良くなったら。