鬼は内 (かたれやまんば 第二集 藤田浩子の語りを聞く会編) より再話
むかぁし、ある所に、たいそう貧乏な男がいてな、朝晩の飯もままならねえ暮らしだった。
「今日は節分だぁ、豆撒かねば。おーい豆持ってこぅ」と、かかどのに言った。かかどのは
「豆ねえぞぅ、種豆しかねえぞぅ」という。
「ほぉか、種豆使っちまったでは、春になって畑さ蒔きようもねえし、こまったなぁ。したが、節分に豆撒かねえわけにもいかねえべ。かまぁねえかまぁねえ、種豆一掴みだけ持ってこぅ」
持ってこさせた種豆を、焙烙さいれて、からころからころ丁寧に炒った。
やがて晩方になって、あっちの家からこっちの家から「鬼はぁ外、福はぁ内」とはじまった。そんで男も豆撒くかなぁと思ったんだけんども、今まで毎年、鬼はぁ外、福はぁ内、とやってきたけんど、一度だって、福なんつうもの入って来たためしがねえ。福のふの字も入ってこねえんであれば、ひとつ今年は「鬼はぁ内」とでもやってみるか。となってな~、男はまあでっけえ声で窓の外に向かって
「鬼はぁ内、鬼はぁ内」と、やったんだと。したれば、あたりほとりの家々から、ぶくり出されて来た鬼たちがなぁぞろぞろ ぞろぞろ ぞろぞろ、赤い鬼から、青い鬼から、でっかい鬼から、ちっこい鬼から、年寄りの鬼から、わらしの鬼から、まず、ぞろぞろぞろぞろ、わらわらわらわら、入ってきてなぁ、広くもねえ男の家、鬼でいっぱいになった。ほぉで、囲炉裏の周りぐるっと囲んでなぁ、みなぁして火にあたってるんだけんど、横座に座った一番でっかい鬼がなぁ、火にあたりながら、
「いや ~おら なげえこと鬼やってきたども、節分の晩に呼ばってもらったのは初めてだぁ、いやあ嬉しいこと嬉しいことぉ。---したが、よばってもらったけんど、ご馳走は、火だけがん?」なんて言うもんだでなぁ、男も、あわてて、
「あらら、不調法いたしやした。ではまずこれ」とさっきの豆の残りをな、升ごとまわしたが、何しろひとつかみしかなかった豆だから、一粒ずつ食ったらもう無くなっちまった。
男はかかどのに、
「何ぞ他にねえのがン」ときいたれば、かかどのは、
「ほぉ言えば、おれ、よそゆきの腰巻一枚とってあるから、あれ、質屋さ持って行って見るべえ」と言って、腰巻抱えて質屋さ走って行ってなぁ、金借りて酒買って来たんだども、なんぼよそ行きでも、腰巻は腰巻だ。僅かばかりの酒、みんなでひとなめしたら、おわっちまった。
「困ったなぁ、あとなんかねえか」男とかかどので、ごそごそやってたっけが、さっきの、横座に座ったでっかい鬼が、
「いやあ、この家のかかどのが、腰巻質にいれてのごっつおう、なんぼか旨かった。したがこの家のかかどのが腰巻質さ入れてくっちゃというのに、おらが褌して居たでは申し訳が立たねぇ。こんだ、このおらの褌、質屋さ持って行ってもらいてぇ。こんだ、おらがごっつおうすっぺ」と、そこらさあったこぎたねぇ手ぬぐい腰さまくと、がらり褌外して、かかどのに渡して寄こしたんだと。かかどのはまた質屋さ走って行ったんだども、たまげたのは質屋の亭主、
「いやいや、こおだ宝物、おら家ではとっても受けきれねえけんども、今すぐ銭が欲しいんであれば、ほれ、銭箱ごと持ってってくなんしょ」となって、かかどのは銭箱抱えて、酒肴買い揃えて、大八車さ載せて、引っ張って来たんだと。さあそれからは、
「ほれ 飲め、ほれ 歌え、ほれ 踊れ」となってなぁ、大騒ぎにになった。
酒飲みなんつうのはなぁ、鬼も人間もたいして変わらねえものなんだそうで、飲むほどに朗らかになってくる、笑い上戸もいれば、くどくどくどくど、なにやら口説きながら飲んでる泣き上戸もいる。また、何が気に入らねえんだかでかい声でわめいている怒り上戸もいるんだそうで、一番手がかからねえのは、すうぐ眠っちまうやつだなぁ、腹一杯になるとごろんと寝そべって、ぐわらぐわらと大いびきかきだすんだそうだ。
ほぉで子供の鬼めらが、寝ている鬼を跨いだり、踊ってる鬼の股ぐらくぐったりして、鬼ごっこ始めた。ほういう訳だからもう賑やかなこと賑やかなこと、男もかかどのも一緒になって楽しんだ。やがて
「こけこっこ~」と、一番鶏がなくと、それ聞いて鬼たちの慌てたこと慌てたことな~、寝ている鬼叩き起こすわ、そこらじゅうに散らばってる子鬼ら小脇さ抱えて、寝ぼけまなこのやつ引きずって、わらわらと帰ってしまったんだと。
鬼たちが帰ってしまったあとの部屋の中は、あっちこっちに転がってる徳利やら酒樽やらに混じって、そっちの方に巾着、あっちのほうに打出の小槌、金棒から褌まで、いやもう大した忘れ物であったと。
男は部屋の真ん中にべたーっと座り込んで、かかどのと顔見合わせて、
「いやあ、楽しかったな~」と言ったんだけんども、鬼どもの忘れもんに気がつくと、
「これ、また来年来てくれたら、お返ししなければなんねえ」と、忘れもん拾い集めて、一つにまとめると納戸の中さきちんと納めて置いたんだと。
不思議なことに、、その年はなぁ、男は何やっても上手く行く。山さいけば、春の蕨、筍から、秋のきのこまで、持ちきれねえほど採れる。鉄砲ぶちにいけば、雉や山鳥が鉄砲玉に向かって飛んでくるんでねえかと思う程よく当たる。川さ網かけておけば、魚がずっぱりかかっているし、畑の作物はあたりほとりさ配っても配っても、配りきれねえぐらい採れる。ほういうわけで、質屋さ入れたかかどのの腰巻も、鬼の褌も、間ぁ無しに受け出してな~、ほぉで次の年の節分前にゃあ、座敷の畳取り替えて、戸、障子も磨き上げて置いた。節分の日には、御膳ずらーっと並べて、ごっつおうたんと用意して、鬼どのの忘れて行ったものは、三宝の上さきちんとならべて、晩方になるのを待った。
あっちこっちの家で「鬼はぁ外、福はぁ内」と始まると、そろそろ良いかなと、男はでっかい声で、
「鬼はぁ内、鬼はぁ内」と、呼ばったけんど、誰も入って来ねえ。おかしいなぁ、去年あだにいた鬼どのはどこさいっちまったんだべ?と、戸を開けて、暗がりをすかしてみたれば、門口のあたり、いぐねのあたり、植え込みの辺りにわらわらと、去年見たような顔がたかってるんだと。
「なんだべ、そこさいたのか、ほれ、入ってくなんしょ。今年は質屋さいかなくても、ごっつおうたんと用意してある。まってたんだ、早くはいってくなんしょ」と言っても、お互いに顔見合わせて、にたらにたらしているばっかりで、ちっとも入ってこねえ。
「早く入ってくなんしょ。おめえ様がたの忘れもんも、三宝さのせて、ちゃんとしてあるから、ほら、入ってくなんしょ」そう言ったけが、去年横座に座ったでっかい鬼が、
「今年はごっつおうになる訳にいかねえ」と言うんだと。
「なしてだ、いやあ俺去年が楽しかったから、お礼すっぺと思って、酒も肴もたんと用意して置いたんだ、ほれ,入って一緒に飲んでくなんしょ」
「いや、飲むわけにいかねえ」
「なしてだ、訳聞かなかったら、おら、気納まらねえ。訳語ってくなんしょ」そう言ったれば、鬼がなあ
「実は、おらたち去年な、鬼になってから初めてくれえの旨い酒ごっつおうになって、あんまり楽しかったもんで、夜ぉ更けるのも忘れて遊んでいるうちに、一番鶏ないて、慌てて鬼の島さもどった。何とか門の締まる前に、滑り込みはしたが、巾着忘れたものから、打出の小槌忘れた者、金棒忘れたものから、酷いのは褌してねえ、という有様で、閻魔様にひどくごしゃがれてなぁ、
「おめえら、その忘れて来た物、なじょする気だ」と聞かれたから、
「来年の節分に行って、貰ってきます」といったら、
「なぁに語る、来年のこと語ってなに分かる。あぁだ滅多にねえ宝物、人が返してくれると思ってるのか。見ろ、おめえが来年のことなんぞ語るから、後ろの方で、鬼めらが皆笑ってるでねえか」と、ますます怒られて、おれたちちんこくなってこの一年暮らしてきた。ほう言うわけで、今年は酒飲むわけにいかねえんだ」そう聞いて男も得心がいってな、
「ほんじは、用意した酒と、ごっつおう持ってってくなんしょ」酒は樽のまんま、ごっつおうは竹の皮にくるんで、持ってってもらい、忘れ物はひとまとめにして渡した。ほうしたれば、でっかい鬼がなぁ、ちっこい巾着一つ渡してくれたんだと。
「他の宝物は 力が強くて、とても人には使いこなせねえが、この巾着ならば、おめえさまにも使えるから」そう言っておいてってくれたんだと。
その巾着は、中にいれた銭、使っても使っても無くならねえ巾着でなぁ、ほうで、その家はたいそう豊かにになったんだと。何代続いたかわからねえども、その家は、今が今でも節分になると、門口さ酒とごっつおう用意して、
「鬼はぁ内、鬼はぁ内」とやっているんだそうだ。 おしまい。
(これは大人バージョン。小学校では、もっと分かりやすく語ります)
この民話には矛盾点がいっぱいあります。「打ち出の小槌もっていたんなら、褌 質入れする必要は無かったじゃないの」なんて、突っ込みたくもなるのですけど、まあそこが民話なんですね。
私はこのかかどのが素敵だと思うんです。
旦那の方は「男」としか言わないで、おかみさんには、「かかどの」と「殿」をつけている。そこが面白い。女性の方が一枚上に扱われている。語り手が女性だからもあるでしょうけど、このかかどののおおらかさは素晴らしいでしょ。
鬼を友達扱いして自然体で仲間になっている。差別意識がない。怖がっていない。一生懸命もてなそうとしている。
かかどのが、その日の食べ物にも不自由していながら、一張羅の腰巻質入れしてご馳走する。だから鬼は感激したんですね。人間が友好的だと、鬼だって友好的になる。自然を支配している鬼から、たくさんの自然の恵みがもたらされた。これは、かかどのが主人公の話だと思います。女性のおおらかさ万歳です。
ーーー
ーーー