<   2009年 09月 ( 30 )   > この月の画像一覧

ボンネットバス再生のちょっと良いおはなし(博物館のページ追記)

バスの本の続きです。実は私が一番気に入ったページを、特別に紹介します。

福山自動車時計博物館には、ぼろぼろの廃車をよみがえらせるエキスパートが居らっしゃるそうです。
a0050728_22395485.jpg

草むらに打ち捨てられたまま、朽ち果てるのを待っていたこんな廃車を、再生するのです。
a0050728_22412488.jpg

なるべく新しい部品を作らず、他の廃車の部品をかき集めて、1年以上かけて、よみがえらせました。
a0050728_2248992.jpg

「人生の幸福は情熱のうちにこそある」(高木彬光)とすれば、こんな仕事に熱中できる方々は、素晴らしい幸せ者ですね。
好きで好きでたまらないからやっている、そんな感じがして、嬉しくなりました。

【追記】
そこで「福山自動車時計博物館」のホームページから、ブログに飛んでみましたら、ここで再生されたバスが、たくさんの映画に出演し、近々公開される物も幾つか有るとか、再生したバスが、各地のバス会社にお嫁入りして運行されているとか・・・興味深いことが書いてありました。
行ってみたい博物館ですね。ホームページから優待券をダウンロードしてゆけば、700円、シニアは500円だそうです。年中無休には驚きました。・・・我が家からは遠いです・・・
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
塀の上にちょこんと置いてあるだけの球根から、花が咲いていました。何ですかこれ?
a0050728_2325985.jpg

足首の冷えを内科で訴えたら、漢方ではない錠剤を処方されました。なんだか高価な薬です。4週間試してみることになりました。
でもストレッチの方が効くかも・・・背伸びしたり壁押ししたり・・・動かすのが一番温まりますね。
遊工房さんのヒントで唐辛子を刻んで布に入れて足首に当てました。戦中戦後には足の裏に当てていましたが、裏は温かいので甲の方に当てています。
生姜もいろいろ食べています。乳液に混ぜての生姜マッサージも始めましょう。
昨日から胃の調子が悪くて・・・食事にもっと気を使わなくちゃ。で、昼からおかゆです。大根おろしにしらす干しを載せて食べようとしましたが、大根の辛みが刺激的すぎました。
胃もたれや胃酸過多には、何が良いでしょうか?
胃散は前から処方されて飲んでいますが、まだ胃酸過多です。
[PR]
by hisako-baaba | 2009-09-30 23:20 | 終のすみか 暮らしの周辺 | Comments(6)

楽しい本「ボンネットバスが好き」
a0050728_23264284.jpg

楽しい楽しいバスの本。表紙は私が乗っていた東急バスの模型です。銀色に赤と青のTKKバス。
しかも3117号は不動前車庫の車…たぶんそうです。ボンネットによじ登らないと、ガラスは拭けないの。

そんなことはとにかく、この本は昔のではなく、現在見ることのできる、日本全国のボンネットバスを詳しく紹介しているんです。
マニアの方々は、これを読んで各地のボンネットバスに会いに行くのでしょうね。
見出しをざっと紹介します。
  ボンネットバスの基礎知識。
  ボンネットバス車輛カタログ~現役ボンネットバス車輛 11両徹底解析
       いすず 6両   トヨタ 2両   日野 2両   ニッサン 1両
  ボンネットバスに乗りた~い!~全国ボンネット旅ガイド
       おたる歴史浪漫コース
       函館浪漫号
       松原湖 磐梯周遊 森のくまさん
       越後雪国ロマンバス
       伊豆の踊り子号
       彦根御城下巡回バス
       丹後王国浪漫す号
       浦富海岸 鳥取砂丘観光周遊バス
       潮待ちの港「鞆の浦」ボンネットバス
       呉観光ボンネットバスツアー
       
       送迎用のボンネットバス ガイド
     
  特集 ボンネットバスミニカーコレクション
  コラム  ボディーメーカー
        廃車体
        トレーラーバス
        海外のボンネットバス
  ボンネットバスがもっともっと好き!~バスの世界の楽しいはなし
        ボンネットバスで振り返る 昭和30年代・あんなことこんなこと
        ボンネットバス再生のエキスパートが集う 福山自動車時計博物館
        代燃バス
        熊本県山江村120周年 全国ボンネットバス大集合!!
        バスに車掌が載ってた頃
        まだまだある全国ローカル乗合バス
        ボンネットバスが欲し~い!!
        全国ボンネットバス静態保存博物館ガイド
        ボンネットバス製造の歴史

以上の内容です。編集者の了解をいただいているので、中身もちょっとお見せします。
車輛解析はこんなページです。このバスがどこにあるか地図で示してあります。
a0050728_23113740.jpg

乗りた~い…のページはこんな風です。丹後王国浪漫す号は、天橋立の方を走っているそうです。
a0050728_23184189.jpg

熊本県山江村に集合したバスたち
a0050728_23211373.jpg

眺めていると、ボンネットの開き方も横からと前からと有ったなあなんて思いだしました。横からの方が多かったような気がします。
とにかく読んで楽しい本です。これを持って現役ボンネットバスに乗りに行きたくなるような、そんな本です。
よかったら手に取ってごらんください。
[PR]
by hisako-baaba | 2009-09-29 23:31 | Comments(7)

テキストボックスを使い始めました

午前中久々に公民館の「パソコン相談室」に出かけました。今日の収穫は大きかったです。
私は今までワードには文字を打ち込むことしか知りませんでした。しかし、年賀状も作れるらしいと知って、習いに行ったのです。私は手作り年賀状にしたいのですが、毎年夫のを作らされます、それに前のパソコンが壊れて年賀状ソフトも失いましたので。

ボランティアの先生から、つきっきりでテキストボックスの使い方を教えて頂き、4~50分で裏面完成。あとは繰り返し練習。何種類も作って、手順を呑み込みました。
今まで年賀状ソフトでやってきたことが、もっと便利に出来ますね。年賀状ソフトでは宛名を書かないで自分の住所氏名を印刷することはできなかったけれど、そんな制約もないのでした。

ただ今日は、あて名面の名簿を作るところまではいきませんでした。
私は年賀状の宛名は手書きしますが、連れ合いは宛名も印刷したがります。手書きで手伝った方が早いかもしれませんね。

ポーチュラカって、随分いろいろな色や柄があるのですね。
a0050728_22485924.jpg

午後整骨院へ。待つ間に「ボンネットバスが好き」の本をほとんど読めました。(混んでいたけどおしゃべり仲間が居なかったから)
呼ばれて椅子を立つとき、急には体が伸びないでよろよろ歩くのを、「しっかり足の後ろを伸ばして立ち上がってから、姿勢を正して歩きだしてください」と先生から注意されました。
朝起きた時も、急にはちゃんと歩けなくて、ひょろひょろ歩きますが、必ず一呼吸待って、まともに歩くようにと言われました。

今年の体調不良は、今までとは違いすぎます。なぜか夏から急に弱ってしまった。そのことをしっかり自覚して、理解していないと危ないです。明日は内科でいろいろ訊いてみます。
でも道を歩くのは、背筋を伸ばしてまともに歩くし、歩いていて膝が痛むことは少ないのです。
ただ、去年のように4キロ余分に歩こうとは思わなくなっています。コスモスロードは駅から遠いから無理です。

↓ 足首の冷えに何が良いか、皆様に教えていただいたことを、全部実行しようと思います。
唐辛子は家に有ったので、刻んで袋に入れて足首サポーターに止めつけようと思います。
葉生姜と根生姜を買いこんできました。マッサージに使ったり、糠漬けにしたり、生姜糖を作ったり、いろいろやります。
脚を守らないと大変ですものね。
何のかんのとぼやきながら、毎日3キロ歩かない日はないのだからまだ大丈夫です。
[PR]
by hisako-baaba | 2009-09-28 23:27 | 終のすみか 暮らしの周辺 | Comments(5)

血行不良にお知恵を貸してください

娘時代に、足を診て貰って、「右の足背動脈に触れない」(足の甲の脈拍を手で確認できず、聴診器を当てても聞こえない)と言われて、女子医大まで検査に行ったら「確かに細いが今すぐどうこうということもないから、様子を見ていて良いでしょう」・・・それっきり50年放置してあります。

ところが近年右足首に冷たさを感じることが多くなりました。氷の輪をはめているように感じた時もありましたが、今は足首の前側に氷嚢を当てている感じ。立ち仕事を30分も続けると耐えられなくなり、炊事の途中で火を止めて「さすりバイブ」というマッサージ機で暖まるまでさすります。

椅子に座っていても起きますし、歩いていればいいのだけれど、それでは同じ右足の膝が痛くなります。
今は足首の表側にカイロを当てていますが、もっと柔らかい「こんにゃく湿布」(茹でたこんにゃくをタオルに包んで当てる。冷めたら茹でなおす)に変えようかなと思ったりしています。
足湯が良いのでしょうけれど、そんなにたびたび足湯にばかり浸かっていたら、用が足りません。

とにかく家事に支障をきたすようになったけれど、医師はあんまり深刻にとらえてくれません。来週内科に行きますが、どう訴えて何を要求したらいいでしょうか?

養命酒は買ってあるけれど、飲むのを忘れがちです。
a0050728_9544958.jpg

朝顔って…秋の花でしたっけ?今が盛りみたいです。
[PR]
by hisako-baaba | 2009-09-27 09:55 | 終のすみか 暮らしの周辺 | Comments(21)

病病介護

土曜日は、整骨院が混みますから、2時間待ちを覚悟で、たくさん読めるだろうと「ボンネットバスが好き」という本を持って行きましたら、待合室で70代の男女3人で木炭車の話から「炭じゃなく薪をくべてましたよね」なんて話になり、戦中戦後の買い出しやらコメの代わりがふすまや大豆滓(カス)や砂糖だったこと、少し年下の女性は学童疎開、私は工場に動員されたこと。闇市の物の値段。下駄も自分たちで作って荒縄の鼻緒をつけたこと・・・男性は海辺の都市の靴屋の息子で、少年の彼が靴を担いで農村に行くと、コメをどっさりくれたとか、山奥の農村まで自転車で、魚の干物を持って、コメと替えに行ったとか。お金では何も買えず、何かしら物を持って行ったそうです。
そうして「今、百年に一度の不況だなんて、あほらしい、当時の方がよっぽど飢えていたじゃないね・・・」という結論になるのでした。「それでもみんな元気だったし、貧乏は恥ずかしくなかったし、人情があった・・・」
施術しながら聴いていた30代の先生「とても口なんか挟めない」と笑っていました。

その男性は20年間奥さんを介護しているそうで、毎日車でリハビリに連れて来られます。彼自身も介護の途中である時期倒れて、心臓のそばの動脈を3本取り換える大手術をした、ところが身体障害者の診断書を貰うことを知らず、後になって請求したら、執刀医がとうに辞めているから書けないと断られ、今のかかりつけ医に半年通ってから、やっとそこで書いてもらえるのだとか・・・そういう、患者の気づかないことをちゃんとしてくれる病院もあるのに、随分不運な方です。
20年も前、50代になったばかりでくも膜下出血で倒れた奥さんは、今は歩けず、まともに話もできません。せめて寝たきりにならないようにと、先生は歩く練習をさせますが、なかなか進歩できません。
奥さんはもちろん障害者手帳をお持ちですが、本当はご主人の病気の方がもっと危険らしいです。二人暮らしで、もしご主人が倒れたら、奥さんは救急車を呼べないし、お二人とも大変なことになるでしょう。
老老介護で、しかも病病介護・・・・日本の高齢化社会の縮図ですね。人ごとじゃありません。

おしゃべりが弾んで、本は全然読めませんでした。

コバノセンナ、年に2回咲くのですね。春より秋の方がたくさん咲きました。
a0050728_23285753.jpg

「この赤紫の花は何でしょうか」と、持ち主に訊かれたので、どなたか教えてください。
a0050728_23323125.jpg

[PR]
by hisako-baaba | 2009-09-26 23:43 | 日本国に言いたい事 | Comments(10)

地球丸フォトエッセイ

「地球はとっても丸い」のメルマガが届いたので、早速本文を開いてみました。ここからごらんください。
世界各地に住む、日本女性たちのエッセイです。
[PR]
by hisako-baaba | 2009-09-25 22:49 | Comments(0)

ストレスケアの講座に行きました

昨日の午後は、町の公民館で「ストレスケア」の講習会でした。
30代40代の方中心の30人ぐらいの中に私たち七十代二人で参加しました。お友達の息子さんに送り迎えしていただけてラクチンでした。

今回は「ストレスとは」という精神科医の講義で、2回目は運動と呼吸。3回目4回目で「アロマオイル」を調合するそうです。

今日のお話で印象的だったのは、昇進や結婚や転居など、喜ばしい変化もストレスになる、ということでした。
ストレスの元になる他者があっても、相手を変えることは不可能だから、自分の気分を変えてみることが大事、それには短くても良いから一人の時間を持つ。まあそんなお話でした。

ルリマツリの花期は長いですね。大分色が濃くなってきました。
a0050728_6811100.jpg

痛みは大きなストレスになりますが、20日の日曜日夕方、5時間ぐらい足に激痛がありました。
ちょうど連休。超働き者の整骨院の先生は3日間しか休まず、23日には診てもらえたので助かりましたが、当日は大変でした。
何が起きたかと言うと、膝の痛みをいつも通りと思って、ゆっくりお風呂につかってしまったら、炎症を起こし始めたところだったので、激痛になったわけです。幸い、先生が毎日捏ねて作る湿布を一枚いただいてあったので、それと、サスリバイブの機械で痛みを抑えて、寝る前にある程度治まりました。
以来、膝小僧をお湯に入れないで入浴しています。

マツバギクの花びらは、ビニールみたいにテカテカしています。
a0050728_6185471.jpg

さあ、これから、先日いただいた2冊の本を読んで、ご紹介しましょう。今度は楽しい本ですから、気持ちが楽です。
数日間お待ちくださいね。
[PR]
by hisako-baaba | 2009-09-25 06:28 | 終のすみか 暮らしの周辺 | Comments(12)

「バス車掌の時代」を読んで

バス車掌の時代 正木鞆彦著 現代書館 1992年刊 を読んで驚いたこともたくさんありました。本の内容と、自分の思い出がごちゃまぜになりそうですが「むかしむかしのバスガール」を補足する意味で今日は書いてみましょう。

まず驚いたのは、路線バスの車掌と言う職業が出来たころは、洋装の職業婦人の草分けとして、あこがれの目で見られていたと言うこと、今ならさしずめ客室乗務員のような存在だったようです。 
都バスのルーツ、東京の市営バスが開業したのは大正13年。関東大震災で、電車が壊滅したため急きょバスを走らせました。はじめは車掌なしで、停留所に人が立って切符を売っていましたが、じき車掌の募集を始めました。応募してきた和服姿の女性たちは258名。採用は177名で、その中には高等女学校卒15名。裁縫女学校卒12名と当時としてはインテリも多かったそうです。
既婚者を31名も採用しているのは、信用できるからと言うことなのでしょうか?皆、夫の親と同居だから、子供の世話に問題が無かったとも言えましょう。中には夫を大学に通わせるために働くと言う妻もいたそうです。

制服が実に素晴らしい! 洋服を着たことのない彼女たち全員の寸法を計って、三越百貨店にオーダーメイドで作らせています。デザイナーはフランス人で、紺のワンピースに赤の襟をつけました。
この4年前、大正9年に東京で最初にできたバス会社は白襟だったので、それぞれ白襟嬢、赤襟嬢と世間から親しまれました。
(しかし当時から敗戦後まで、バスにはドアが無かった。車掌の立つべき場所も無い車だった。立ちっぱなし揺られどうしの車掌の仕事が、激務であったことに変わりはないでしょう)

こんなにも華やかにスタートした路線バスの車掌と言う職業が、いつから最低の地位に落とされたのか、はっきり書かれてはいません。昭和初期の大不況に続く15年戦争が暗い影を落としたことは否めないでしょう。

初期のころ、運転免許を持つ人は少なかったから、運転手の給料は高額でした。車掌は労働時間が他産業よりはるかに長いためもあって、給料は女工よりかなり良かったそうです。
オーダーメイドの制服を着た赤襟嬢には、車両清掃の仕事は無かったようです。車掌に本来業務以外の仕事がどんどん押しつけられるようになったのは何時からのことでしょうか。

昔トラックの運転手は見習い助手を徒弟として顎で使っていました。彼らがバスに転職したとき、車掌を助手並みに扱ったのだそうです。本来自分の仕事である筈の、フロントガラス拭きや、ラジエーターの水入れまで、車掌に押しつけて、自分は煙草をふかしている、それが当たり前になってしまいました。
冬季、凍結を防ぐため毎晩水を抜くラジエーターに、凍てつく朝、少女たちは遠くの水道からバケツで何回も水を運び、梯子によじのぼってやっとバスの鼻先に水を注いだのです。こぼせば自分がかぶってしまう。手がかじかんで自由が利かず、こぼすことはしばしばでした。
ただし、私の居た東急バスでは、ラジエーターの水補給は運転手の仕事でした。時々は車掌がやらなければならなかったし、それがとても大変な仕事だったので、私は毎日やらされたように思いこんでいましたが、会社は運転手の仕事と決めていたそうです。

車掌の地位が低くなったのは何時からだったのかはわかりません。私の入社した昭和26年には、ごく一部の古いタイプの運転手にこき使われるのが当たり前になっていました。生意気な私はその点使いにくかったらしく、私を避けて他の子に私用を頼んだりするのでした。
「車掌の分際で」という扱いを、無言で拒否していた私に、チャージの誘いは一度もありませんでした。
但し運転手の半数以上は常識的な人たちで、車掌をいわれなく見下したりはしませんでした。

車掌の生活を暗いものにしたのは、一部の人間が犯すチャージ(金銭着服)と、そのために会社が全員を疑ってかかる身体検査でした。仕事が終わると必ず風呂にいれ、その間に服のすべてと私物を検査する会社もあったそうです。東急には風呂場はありませんでしたが。

人間、プライドが有れば、不正は出来ないものです。プライドを持てない状況に追い込んでおいて、すべての車掌を泥棒扱いにした労務管理は最低だったと思います。
どの会社でも、車掌は40代50代になっても車掌のままでした。私は30代まで車掌でいることに耐えられない気がして28歳で辞めました。
出世のあては全くと言っていいほどないのです。要領のいい者がごくまれに検査員に昇格する、これは破格の出世で、もう車両清掃も、乗務もしなくて良い。彼女らは不正を摘発しようと懸命になり、かつての同僚に辛く当ることになるわけです。東急ではそこまでのうわさは聞きませんでしたが、他社では、警察官さえやらないような、長時間にわたる過酷な取り調べをした事実が有るそうです。
無実の車掌を自殺に追い込んだ例は、神戸での一件だけではないようです。
私も、友人が無実の罪を着せられたとき救済に奔走しましたが、無実のまま解雇されて泣き寝入りした例も多いと思います。最低の身分だった車掌が、何をどんなに抗弁しても通らない世界でしたから。・・・後篇に続く・・・
[PR]
by hisako-baaba | 2009-09-22 23:11 | むかしむかしのバスガール | Comments(12)

「バス車掌の時代」を読んで (後半)

車掌にも他の職種に出世してゆく希望が持てたなら、私もそんなに悩まなかったと思います。スキルアップのあても無く、夜学に通う時間も無く、ただ毎月の給料が必要なために働き続けているのが、なんとも虚しかった。
そこで私はボランティアに熱中したのです。プライドも生き甲斐も、そこにしか見出せなかったから。そうして辞めることしか考えないまま9年余りを過ごしました。

私が辞めた昭和35年頃から、車掌の応募者が激減したそうです。
女子の職場が増えて、身体検査のある車掌になんかならなくても、働く場所はたくさんありました。
東急ではそんな話は聞きませんが、中小会社など、それまでは身元確認を心がけていたけれど、応募者が足りないので誰でも採用するようになり、チャージも激増し、身体検査のトラブルも増えたそうです。

ある会社では、ある一つの営業所に、やくざのような運転手が揃ってしまい、片っぱしから車掌の体を奪って、言うことを聞くように仕向け、多額のチャージを要求し続けたそうです。断れば「俺と不倫していたことをばらすぞ」と脅す。当時の貞操観念は厳しかったから、そんなことがばれたら嫁に行けなくなると娘たちは恐れました。ひとりで何人もの車掌を使って給与の何倍も横領し続けた男たちが、逮捕されたのは昭和36年だったとか。
悪徳運転手の餌食にされた車掌の中には、解雇されたあと、転落の道をたどった人も居たそうです。

バスの激務は、女性の体にはよくなかった、それなのに、生理休暇をとれない会社がかなり有ったようです。
東急は週休一日の他に、月に二日の生理休暇がちゃんととれました。しかし前もって今月は何日にと申し出ておかなければならないから、その日に生理が来ることは少なかったのです。
私は会社でただ一人、正しい日に生理休暇を強引にもらっていました。「明日と明後日休ませて下さい」操車係を慌てさせても私は平然と権利を主張しました。医師の診断書を振りかざして。操車係りのおじさん達も、ちゃんと特別扱いしてくれました。
生理痛がひどかったので、子宮後屈の手術を受けて、恥ずかしがらずに理由を述べ、「本当に生理の日には、乗れないんです」と頑として譲らなかった私。我が身を守るためには、手段を選んではいられないと思ったのです。でもそんなことを主張したのは私一人だけでした。
多くの人は、「生理の日には、金銭の間違いが多くなる」とぼやいていました。その上臨検にあたろうものなら、生理ショーツの中まで調べられて、さんざんな目に遭うのでした。

不動前営業所の運転手はほとんどが所帯持ちでしたが、独身の運転手の多い会社でも、車掌との職場結婚は少なめだったと言います。それはもしかしたら運転手たちが「車掌は子供を産めない体になっているのではないか」と誤解していたからかもしれません。

この本には車掌が虐げられた話が多いので非常に暗い感じがしますが、不動前車庫は決して暗い職場ではありませんでした。百人あまりの小さな車庫で、結構家族的でした。みんなでお正月にお汁粉を作ったことも有ります。石油缶何杯もお汁粉を作って、白玉をどっさり入れて、午後から入庫するみんなに配りました。私たちは雑誌を発行していたことも有ります。

私が辞めた後のことを、45年も勤続したハルエさんに訊きますと、他社のように、車掌の仕事が無くなった時の混乱はなかったそうです。
不動前は一番早くワンマンバスの車庫に変わったため、車掌は他の営業所に転勤できました。彼女はまだワンマンにならない路線2本と一緒に目黒営業所に移動したため、今までなじんだ路線に乗務し続けることが出来ました。だんだん多くの路線がワンマン化すると、彼女は定期券売り場などに転勤した後、会社の病院の事務員になり、そこで24年も勤続できたそうです。それは、どこに行っても勤まるハルエさんの優しくて我慢強い人柄にもよるでしょう。
転勤先が男ばかりの駅などで、苦労したと言う他社の話に比べたら、たいそう恵まれていたのですね。
やがて不動前営業所自体も移転して無くなりましたが、当時を懐かしんで、最後のころ居た運転手も車掌も整備士もみんなで「不動前会」と言う会合を退職後も毎年続けてきたそうです。それも泊りがけの旅行会のようです。みんな七十代以上になり、そろそろ集まりにくくなったそうですが、もしも暗い職場だったらそんな交流が何十年も続くわけが有りませんから、とても良い職場だったのだと思います。

「バス車掌の時代」と言う本の内容を紹介するつもりが、自分たちの体験に話を広げてしまいました。
たしかに、この本に描かれているようなことも体験したけれど、ここまで暗い環境ではなかったと言いたいです。
他社のことも、自社の他の営業所の様子も全く知りませんでしたが、不動前車庫は特別良かったのかもしれません。チャージも社内では一番少なかったと聞いていますし。

ただ、私自身には、不動前車庫を懐かしむ気持ちはぜんぜん有りません。
[PR]
by hisako-baaba | 2009-09-22 23:09 | むかしむかしのバスガール | Comments(2)

なごみサロンに行ってきました

午後から、隣の地域のなごみサロンに行って語ってきました。
民話の「天福地福」を語ってから、昔のバスの話を少ししてきました。来月は他の行事と重なって参加できませんが、また11月に伺うつもりです。
a0050728_15292627.jpg

「バス車掌の時代」を読んでの感想文は大半書けました。
明日か明後日にでもアップできると思います。
[PR]
by hisako-baaba | 2009-09-22 15:31 | 語り | Comments(4)


1931年生れのhisakobaabaが七十代万歳と言って始めたブログが八十代に続いています
ブログパーツ
カテゴリ
以前の記事
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
2006年 09月
2006年 08月
2006年 07月
2006年 06月
2006年 05月
2006年 04月
2006年 03月
2006年 02月
2006年 01月
2005年 12月
2005年 11月
2005年 10月
フォロー中のブログ
最新のコメント
ebloさま 新しい道..
by hisako-baaba at 21:48
日本の道路は、車が走るた..
by eblo at 18:27
marshaさま 「ワ..
by hisako-baaba at 14:35
junkoさま 「お前..
by hisako-baaba at 14:26
諸悪の根源は自民党、麻生..
by marsha at 12:44
ciao hisakoさ..
by cocomerita at 01:54
ebloさま そうそう..
by hisako-baaba at 15:08
以前は、物を言う議員がい..
by eblo at 12:28
元気ばばさま お仲間に..
by hisako-baaba at 11:36
ば~ちゃんのところに届く..
by juju3291a at 08:20
marshaさま 良い..
by hisako-baaba at 18:21
勿論、買うのも、運ぶのも..
by marsha at 18:00
marshaさま 優帆..
by hisako-baaba at 17:10
dekoさま マンショ..
by hisako-baaba at 17:01
真帆ちゃんと志帆ちゃんに..
by marsha at 16:53
区民農園狭き門のようです..
by Deko at 16:52
kiyokoさま 今年..
by hisako-baaba at 16:23
お子さんたちが、農業体験..
by sidediscussion at 15:38
ebloさま この男の..
by hisako-baaba at 05:02
内容はどうあれ、はっきり..
by eblo at 23:27
最新のトラックバック
venussome.com
from venussome.com
http://while..
from http://whileli..
http://while..
from http://whileli..
http://www.v..
from http://www.val..
緊急事態だぞ! 映画「日..
from 梟通信~ホンの戯言
いちはやく -189:児..
from 虹色せんべい
世界遺産に登録される日本..
from dezire_photo &..
月 長元坊 巨人機 溶岩..
from 掬ってみれば無数の刹那
セルバンテス『ドン・キホ..
from dezire_photo &..
セルバンテス『ドン・キホ..
from dezire_photo &..
検索
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧