『鼻持ちならない えせ紳士』と喝破した記者

スペインはトレド在住のpasoさんのこの記事からたどって、署名で書く記者の『ニュース日記』から、一昨年6月の小池新さんの記事を読みました。面白かった!
当時飛ぶ鳥落とす勢いの堀江社長を『鼻持ちならないスノッブ』だと吐き捨てています。そこに書き込みが殺到して、袋叩きに遭い暫くブログを休む破目になったらしい。

『スノッブって何よ?無学のものにも分かるように書いてくれなくちゃ・・・』と文句言いつつ辞典を開いて・・・笑ってしまいました。 snob・・・『紳士を気取る人』 『俗物』 『えせ紳士』

『鼻持ちならない えせ紳士』一昨年の6月にこんな事を言った人が居たんですね。もし私がそのときこれを読んで、非難の反響も見ていたら『鼻持ちならない』に賛成の書き込みをしたでしょう。堀江社長の生き方には品が無いもの・・・いいえ服装や見た目を言っているのじゃないんです。贅沢三昧している成金趣味や、彼のもの言いや、企業買収などのやり口に品が無いという意味です。

いまやホリエモン事件には全く興味を失っている私ですが、snobと言う言葉を一つ覚えました。使う気はありませんけれど・・・


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近所の『阿弥陀堂』入り口に並ぶ仏様たち。
ここには、元禄の頃玉川上水から分岐して江戸市中に送る『千川上水』を私財を投じて作った人たち一族の墓があるそうです。幕府から千川の苗字を貰い帯刀を許されたのだそうです。
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# by hisako-baaba | 2006-02-05 18:36 | Comments(4)

川越街道下練馬宿 観音堂の石仏様たち
川越街道 下練馬宿(現 北町) 石観音堂
 聖観音坐像 天和二年(1682)八月 造  高さ270cm  (古いカメラ)
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 馬頭観音像   (新しいカメラ)
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 仁王像  天和三年造
 阿(あ)形像なのになぜかお口をほとんど開けていません。(新しいカメラ)
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 仁王 吽(うん)形像 (これより古いカメラ)
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 仁王門の外に並ぶ石像さまたち
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下の三猿 横向きは珍しいかも
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そう遠くないところに、324年も昔からこんな素朴な仏様たちがいらっしゃることに、今まで無関心でした。
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# by hisako-baaba | 2006-02-04 17:00 | Comments(6)

20年前に驚かされたコワーイ話 

清掃会社から派遣されていた会社でびっくりするような事件がありました。こんなことを話題にするのは嫌で、今まで誰にも言いませんでしたが、20年もたったことだから語っても良いかと思います。

派遣先の企業本社ビルの入り口に、ある朝何人かの人が立ち、出勤してくる社員達にビラを配っていました。ビラの内容にはびっくり仰天。
ある重役の奥さんが実名を出して家庭内の恨みつらみを洗いざらいぶちまけて一方的に夫を糾弾していたのです。
企業戦士がいかに家族をないがしろにしてきたかと思わせる内容で、もしもビラの通りだとするならば・・・いちいち具体的に年月まで記して、奥さんの辛いときに夫はいつも冷たかった、子育てにも、妻の実家の不幸にも無関心だった。実家に駆けつけたかった時にも行くことを許さなかった。妻を奴隷のように扱い、なにを話しかけても返って来る返事は『馬鹿』の一言のみ。自分勝手な行動ばかりで、家族には充分な生活費も与えなかった・・・と言うことらしいのです。それにしてもこんな個人的なことを会社中に公表するという凄まじさ。夫の名誉をずたずたに傷つけると同時に妻の名誉もずたずたになる。まるで刺し違えるような作戦を、止める人は周囲に居なかったのでしょうか?もし相談相手が居たなら『そういうことは会社にではなく、家庭裁判所の相談室でぶちまけなさい』などとすすめたでしょうから。彼女はよほど孤独だったのでしょう。ビラを配っていたのは恐らく支援者ではなく、奥さんが雇った人たちだったのでしょうね。家庭の恥をさらした重役さんがその後どんな立場に置かれたかは知りません。

その重役さんと全く同姓同名の有名人が居まして、その人も離婚騒動がありました。姓名判断も当たることが有るのかなあと思ったものです。

夫婦ってかけがえの無いパートナーとなれる人もいらっしゃる反面、恨み合うと大変なことになるのですね。このご夫婦、前世はきっと仇同士だったのでしょう。夫のプライドをぶちのめすよりも慰謝料とったほうが良いでしょうに、打算も吹っ飛ぶほどの怒りを爆発させた奥さんはその後どうなったでしょうか?子供はどう思ったでしょうか?夫から馬鹿にされ続けたと言う怨念の深さは恐ろしいものでした。

その点、訓練校の同級生仲間は、無一文で離婚してもけろっと元気でした。『働こうとしない亭主なんか放り出しちゃったほうが、慰謝料は取れなくてもせいせいするわ』という感じ。お母さん達は、独身に戻ってむしろ元気が出たようでした。自立できる人は強い。
その点良いとこの奥様は生活力が無さ過ぎるなあ。恨んでるひまに自立したら良いでしょうにね。

こんな悲しいご夫婦ばかりではありませんよね。愛の物語もいろいろあります。

私の友人は60歳のときに、百歳に近い姑さんを残してご主人に先立たれてしまいました。子供は無く、姑さんと二人だけで取り残されたのです。
実家にも百歳に近い実のお父さんが居らっしゃるし、彼女の暮らせる部屋もありました。近所の人は彼女が姑さんを施設に入れて、お父さんのところへ帰ってしまうだろうと噂していました。
しかし彼女は姑さんをその後8年間105歳で亡くなるまで家で優しく看取りました。彼女が偉いのは勿論ですが、先立たれたご主人がそれまで本当に奥さんを大事にしていたからこそ出来たことでした。お姑さんも嫁を大事にしていました。ご夫婦仲が最高に良かったからこそ、お姑さんも幸せだったのだと思います。お姑さんは最後には嫁を母親と間違えていました。それほど頼り切ってくれたのです。夫の親と実の親に思う存分孝行した彼女は、今もとっても楽しそうに地域ボランティアで老人達のお世話をしています、自分だって70歳なのですけど。幸せそうですよ。その生き様をずーっと見ていた地域の人々が彼女を心から尊敬していますもの。

色々な人生がありますが、お互い 連れ合いは大事にいたしましょう。

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六地蔵様。 新しいほうのカメラが修理から戻ってきました。今度は大丈夫かな・・・
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# by hisako-baaba | 2006-02-03 15:08 | 我が家の歴史 | Comments(6)

天下りに腹を立てながら 暮らしについて色々思うこと

公務員で出世したなら、定年後も暮らしには困らないはずでしょう。それを何ヶ所も天下って、その都度退職金までせしめて、その上談合を仕組んで国家に高い買い物をさせて税金を無駄遣いさせる・・・・いいかげんにして欲しい。民間では3年勤めて貰える退職金なんてほんの僅かです。私はたったの16万円。3年未満で辞めたらゼロですよ。
でも天下りの多くは2年でも莫大な退職金をせしめている。それは元役人が会社にとって利用価値が高いからですよね。大手ゼネコンたちの談合を指導し、国家に損害をもたらした。狎れ合いの談合があっちでもこっちでも・・・ばれ始めたのは良いことですね。検察にがんばっていただきたいです。

検察と言えば、かつての鬼検事、『かみそり堀田』と恐れられた堀田さんは見事な人ですねえ。定年後は福祉事業に専念して『仏の堀田』に大変身。ご立派!!若い頃から晩年まで情熱的に生涯を送れる幸せな方だと思います。余分な金よりも情熱をぶち込める仕事がある幸せ。本当にお見事!!

定年後の男の生き方が色々問題になっていますね。どうも今までの定年退職者の何割かは身の置き所がわからないそうで・・・肩書きがご立派だった人ほど始末に悪いとか・・・暮らしに困らない年金がある人なら、やることなんて幾らでも有るじゃないですか、就職できなくたって良いのなら尚の事。好きなことを好きなだけやれる立場で何をもたもた・・・情熱がもてないから困るんですね。企業戦士の燃え尽き症候群は始末に悪い。ボランティアでも何でもやればいいじゃないのと思いますが、そういう人に限って威張りたがり癖が抜けず、地域社会で元の肩書きを披露して嫌われる。行き場が無くなり家にごろごろして威張るから奥さんは『夫在宅ストレス症候群』で酷い人は入院騒ぎまで起こしていますよ。夫は自分が原因を作っていることに全く気付かない。
「新成田離婚」と言うのが有るのだそうです。
夫は定年直後長年の望みだった夫婦での海外旅行に嬉々として出かけるのだけれど、それまでの夫婦のコミニュケーションが全く出来て居なかったために、旅先で愛想をつかされ即刻離婚になってしまうと言うなんともお気の毒な例が目立ち始めたと言うのです。双方の身勝手と片付けてしまえない、それまでの年月の不毛な関係が想像されますね。

元サラリーマンの女房にとって夫の昼飯ほど厄介なものはありません。昼間は出かけたい時間なのですから。無料の展覧会や講習会、役所の広報誌を隅々まで読んで参加したいものが沢山ある。夫には昼飯ぐらい自立して欲しい。「作り置きのおかずを温めるのが嫌なら、起き上がって買いに行くぐらいは出来るでしょうに」とぼやいている友人は沢山居ります。
かと思うと料理を楽しみ始める素晴らしい男性もいらっしゃる。「主人に料理してもらうとお金ばっかりかかって」なんてぼやいている奥さんが居ますが、傍目には羨ましいの一言です。

一方庶民は定年後も働かないと老後が心配です。子育て中はそんなに蓄えなど出来ない。年金では食べるだけで一杯いっぱい。いずれ起きるだろう入院などの準備は60歳からの稼ぎにかかってくる。というのが庶民の実情でしょう。
金持ちに天下りなんかさせないで、六十代の庶民に仕事を増やして欲しい。うちは幸い70歳まで楽な仕事がありました。私も68歳迄働きました。だからリタイアは嬉しかった。

これから団塊世代の方々が揃ってて定年を迎えますね。彼らは団体で何かを始められるかも知れませんね。人手不足になって仕事を続けられる人も多いでしょうし、起業家も出てくるでしょう。働かなくて良い人でも釣りが好きだとか、写真を極めたいだとか、好きなことがある方は大丈夫ですね。ブログ好きは退屈する暇なんてないし・・・どうぞ世の夫の皆様“濡れ落ち葉”にだけはならないでくださいね。女房たちが心療内科や神経科に殺到しない為に。
今病院は『女性科』『性差科』を作り始めています。心の問題から体の病気を発症する人が大変多いからだそうです。主に都会の定年亭主の奥さんたちに。

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川越街道 下練馬宿 聖観音坐像
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# by hisako-baaba | 2006-02-02 09:06 | Comments(7)

婦人職業訓練校ビルクリーニング科の思い出・・・4

訓練校の同級生25人の中で一番気の毒だったのは小さな商店の奥さんでした。何屋さんだったか忘れましたがご主人は職人さんだったとおもいます。夫をたすけて店をやっていても立ち行かないので、掃除婦になろうと思ったとき、訓練校を出れば条件が良くなると言われて入学しました。
私たちは失業保険と訓練手当てと交通費を支給されていたけれど、彼女は何も貰っていないようでした。半年間の学生暮らしがとっても楽しかったのは救いですが、卒業直後、就職もしないうちに五十代の若さで突然死してしまったのです。長年の無理な働き方やストレスが一気に命を奪ったようで、なんとも痛々しいことでした。彼女が守ろうとしていた家族はどんなに悲嘆にくれたことでしょう。
肩がこるという彼女の背中に触ってみたとき、肩から腰まで板のようにがちがちに凝っていたのでびっくりして『健康診断受けたほうが良いんじゃないの』と言ったものです。危険信号が出ていたのですね。まさかそこまで危険だったとは・・・なんともお気の毒なことでした。

クラスで一番の元気印は三十代の母さんでした。三人の幼い子を抱えて離婚したばかり。一番厳しい立場で、生きるために必死だった彼女が、クラスの中で最も良い職に就けたのは喜ばしいことでした。ただ一人国家公務員になったのです。
裁判所は外部からの派遣社員を入れるわけにはいかないので、清掃係も公務員なのです。3人も幼い扶養家族が居たのでは、民間企業からは敬遠されます。その点公務員なら大丈夫。タイミングよくたった一人求人があって、本当にラッキーでした。今もがんばっていることでしょう。

クラス一の美人はやはり三人の子を育てる四十代の人でした。言葉遣いが上品で、いいとこの奥様風。背がすらりと高くステキな人でしたが、離婚されたようでした。彼女もフルタイムで条件のいい会社に入りました。

子育ても終わりかけている小柄でボーイッシュなお母さんが居ました。独身を謳歌しているようで、休み毎にグループで山に登って、ロッククライミングを楽しんでいました。
離婚すると女性は元気になるようですね。彼女もビルメンテナンス会社に入りました。今もロッククライミングやっているかも・・・・・

我が家は、たまたま夫婦が同じ時期に別々の理由で半年以上失業したと言う事態でしたから、夫は再就職できたし、私はフルタイムで働くのはちょっと無理でした。
会社は7時半から4時までで昼休みは30分と言う条件でしたが、特別に3時までに短縮してもらって正社員で入社しました。その会社は研修生をこき使ったので評判が悪く、応募者が少なかったため、私の条件を呑んでくれたのです。それでも毎朝6時半前に家を出る生活は結構きついものでした。だからでしょうか3年半後退職したとたん一年で7キロも太ってしまいました。まだせっせと働いていたにもかかわらず・・・・それっきりいくら運動しても太る一方で痩せたことがありません。・・・とほほ・・・

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昨日も今日も雨です。かなり降ってます。東京の雪も13日目で全部消えるかも。
3日前まで凍り付いていて歩けない歩道が少しだけありました。老人ばかり住む団地の陰に。
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# by hisako-baaba | 2006-02-01 12:21 | 我が家の歴史 | Comments(0)

婦人職業訓練校ビルクリーニング科の思い出・・・3

時間を戻して訓練校の楽しさをもう少し語りたいと思います。
学校生活から離れて何十年のおばさんばかり25人が机に向かって、制服はデニムの可愛いエプロンで、お弁当の時間にはおしゃべりに花が咲いて・・・それはそれは楽しかったですよ。
大抵の人がちゃんと失業保険や訓練手当てや交通費を支給され、最低生活は保障されていたから久しぶりに安定した気分で勉強していました。

担任は正規の先生が一人と定年後の嘱託の先生。二人で細かく面倒を見てくださいました。二人の授業の他に、ビルメンテナンス業界各社から講師が派遣されて授業を担当していました。もともと業界が都に申し入れて作った学科なのです。リーダー格は私が入社することになる会社の社長さんで、その会社からは社長初め3人もの講師を派遣していました。

社長さんは毎期の生徒と家族を自宅に招待して下さるのでした。日曜日に鎌倉の山の中腹にあるお屋敷の広い庭で、バーベキューをさせてから、二手に分けて鎌倉観光をさせてくださいました。私も10歳の息子を連れてゆき、健脚組みに加わって尾根歩きをしました。晴れわたった海は穏やかに凪いでいました。
社長がそんなにサービスしてご自分の会社に入れようと思われても、実地研修で5人の生徒が会社訪問した時に、指導した先生が厳しすぎて評判を落とし、たった二人しか応募しませんでした。

訓練校自体の遠足もありました。高尾山の駅に集合、電車賃もあとから支払われました。学生に戻ったことが楽しくて仕様が無いのに、遠足まで連れて行ってくださるのですからみんな若返って存分に楽しみました。

学校のお祭も有りました。各科の学習成果をお客様に発表します。ぬいぐるみの洗い方なんかやったように思います。調理科はお菓子が出たでしょうか。楽しい行事でした。

それから調理科で、全校生のお昼を販売した日もありました。ピラフだったでしょうか、デザートもありました。

あの半年間は若返りの妙薬を頂いたような幸せな時間でした。


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下練馬の富士塚は、結構厳しい登山道?になっています。
山頂の小御岳神社。
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# by hisako-baaba | 2006-01-31 11:11 | 我が家の歴史 | Comments(0)


1931年生れのhisakobaabaが七十代万歳と言って始めたブログが八十代に続いています
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