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創作物語の下書き
物語は、やはりドキュメントだけでなく、事実を下敷きにした小説にしたほうが良さそうです。
とりあえず大人向きに下書きしました。これから4年生向きにアレンジしてゆかなければなりません。推敲を重ねてかなり違ったものになるかもしれませんが、秋までに完成すればいいので、後はゆっくりいじくります。

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   ゆう子は車掌さん。


ゆう子は中学の卒業式の翌日からバスの車掌さんになりました。昭和27年のことです
ゆう子の家は、タクシー運転手のお父さんが病気がちで、お母さんは紙のお花を作る内職を夜中までやっていました。その頃のお母さんたちは、外に仕事に出ることが出来ませんでした。職場が無かったし、保育園もありませんでしたからね。
ゆう子は長女で、5人の妹と、1人の弟が居ました。弟が一番下で、まだ4歳でした。子供が多いので暮らしはいつも大変、ゆう子は早く中学を卒業して、お給料貰ってお母さんを助けたいと思っていたので、一番給料の高い会社の試験を受けたのです。バスの車掌は他の仕事よりも大変だから、お給料が高いのでした。

その頃は、15才から働くのが当たり前でした。長い長い戦争に負けて、まだ7年も経っていませんでしたから、たいていの家が貧乏だったのです。高校に進学出来る子はクラスで数名しか居ませんでした。女の子はたいてい働きに出ました。「男の子は学校を出してやらないとあとで困るが、女の子は嫁にやればよいから教育はいらない」貧しい家では、たいていそんな風に思っていた時代です。

ゆう子たちは、本社で入社式を終えると、3~4人ずつそれぞれのバスの営業所(車庫と呼んでいました)に連れて行かれて、指導車掌のお姉さんに紹介されました。明日から、お姉さんの乗務するバスで、2週間見習いをするのです。制服制帽ベルトやカバンやパンチなどを貰ってロッカーも決めて貰いました。「明日は早いから、制服で来なさい。5時50分までに着くようにね」
初仕事は、お姉さんのまねをするだけでした。ボンネットバスに、はしごを掛けてよじ登り、フロントガラスを拭きます。後ろのガラスも拭いたら、内側からも拭きます。床が汚れていれば掃きます。
「渋谷行き」などという方向幕をぐるぐる回して、行く方向を示します。外の方向版を掛け換えます。自分の名前の板を運転席の上にさします。断裁箱という、使った切符の入れ物を車掌台に掛けます。
車掌台とは出入り口のすぐ後ろに、車掌が立っている場所です。これだけのことを15分ぐらいでやって、事務室に戻り、会計さんから切符とおつりの10円玉と5円玉を200円受け取ります。
カバンを提げて腕章をつけて、運転手さんと一緒に操車係に出庫の申告をして発車です。
お客さんが乗ったらすぐに切符を切りに行きます、揺れるから、両手で切符を切りながら、足だけで立っているのはまだ無理で、すぐに転びそうになります。切符を切りながら、次の停留所名を叫びます。「次は五本木、五本木でございます。お降りの方はお知らせ願います」降りる人が無ければ運転手に「次オーライ」と叫びます。降りるなら「次ぎ願います」と大声で言います。
左カーブではドアを半分開けて首を出し「左へ曲がりまーす」と叫んで安全なら「左オーライ」と運転手に叫びます。
停留所では降りるお客から切符を受け取りますが、まだ切符を買ってない人からは現金で受け取ります。こんなときにお釣りを出すのは大変です。受け取った現金を数えて、その分の切符を破ります。その計算を間違えると、お金と切符の勘定が合わなくなりますから真剣です。これらの仕事は先ずお姉さんがやって見せました。ゆう子は「なんでお姉さんはそんなに素早く仕事が出来るんだろう?」とびっくりして自信を失いかけました。「最初から出来るわけ無いわよ」とお姉さんは笑います。停留所の名前を覚えるだけで精一杯。紙切れを見ながら覚えようとしますが、声が上ずってしまうのでした。
6時間ぐらいの乗務を終えて車庫に戻ると、会計係の前で、カバンを逆さまにして、出した切符とお金を数えます。ぴったり合えば良いし、お金の方が余ったら、その分切符を破いて終わりですが、もしお金が足りないと、お給料から引かれるのです。何かヘンですがそういう決まりでした。
会計さんにすっかり返したら、やっと帰って良いのです。お姉さんはそのあとも、立ち方や、「切符を切らせてくれないお客に、『回数券の方もお切らせ下さい』などと催促しないと、終点で現金をどっさりつかまされて、訳がわからなくなるわよ」などと教えられました。
「明日は中休ダイヤなの。ダイヤというのは運行表のこと。運転手さんは上から順に1ダイヤ,2ダイヤと降りてくるの。車掌は38ダイヤ,37ダイヤと順に上がってゆくから、毎日違う運転手さんと組むのよ。私が火曜公休だからあなたもお休みは火曜日。
明日は朝のラッシュに3時間ぐらい乗って車庫に戻り、1時間ほど車のガラス拭きをしたり控え室の掃除をしたりして,増務(時間外手当)が付くけど、それ以外はお給料の出ない自由時間なの。お弁当食べて、本でも読んで夕方3時間ほどの勤務を待つのよ。帰りは8時過ぎになるからね。朝から晩までの勤務だから、お家の人に心配しないように、言ってきてね」
こういう説明を受けて、午後3時頃ゆう子は車庫を出ました。
「こんなに大変な仕事、私に出来るかなあ」と不安は広がるばかりです。ゆう子はまだたった15歳なのですからね。
それでも2週間、お姉さんについて、三本の路線を覚えたら、ひとり立ちしなければなりません。まだまだまごつくばかりで、お客さんの膝の上にどすんと転んでしまったこともありました。運転手さんが上手だと、あまり揺れないのですが、古いバスに下手な運転手さんだと、立っているのは容易ではありません。そういうことにもだんだんに慣れてゆくのです。

普通の遅番の日は、午後に出勤して夜に帰ります。夜の9時半過ぎて車庫に戻ると、お金の計算がすぐに合えば良いけれど、勘違いして頭が混乱したり、お金が足りなくて数えなおしても足りなかったりすると手間取るからどんどん遅くなります。入社早々の子には不足が少額なら、「気をつけるんだぞ」といって、会計さんが、余った切符で埋め合わせてくれますが、たいていの場合、足りない分、次のお給料から差し引かれます。

会計が済んだら急いで駅に向かいます。バスはもう走っていませんから、山手線の駅まで10分坂を登ります。私鉄に乗り換えて家に着くのは11時過ぎです。
その時代はテレビもないし、みんなが早寝でしたから、住宅街は真っ暗です。暗い夜道を女の子が一人で歩くのはとっても危険です。お家の人に迎えに出てもらえる子も少しは居ましたが、何しろ家に電話が無い時代ですから、ゆう子は一人で歩きました。大きい音の出る笛を握り締めながら。
11時に帰宅しても、次の日4時に起きなければならないことも有ります。寝不足のまま、6時前に車庫に入ります。
お昼に勤務を終えて、お弁当を食べて帰ろうとすると、操車係のおじさんが、「頼む、夜まで乗って」と言いに来ることがあります。何人か急に休んだのです。予備の人も出てしまって、早番の誰かに、二人分の仕事をしてもらわなければならなくなったのです。その分お給料は増えますから、ゆう子は引き受けます。家に電話は無いから、前もって『1日に二人分乗ることが有るので、遅くなっても心配しないで』と言ってあるのですが、お母さんは心配して、遠くの公衆電話まで走って行って、車庫に電話を掛けます。操車係から『すみませんね、ゆうちゃんには9時までの仕事頼んじゃったのですよ』と聞いて安心するのでした。

お客の中には35円区間乗っていたのに、15円渡して逃げようとする人が居ます。それを捕まえてあと20円貰うのが大変です。押し問答しても走って逃げるのが居ますから。
降りるときになって、千円札を出す人もいます。大混雑で遅れているのに、お釣りなんか数えていられないのですが、ただ乗りされるのは悔しいから必死で小銭をかき集めます。そんな時、お金と切符の計算が合わなくなって、車掌は損をするのです。
バスの中で、ナイフで鉛筆を削り始めたお客も居ました。床が汚れるし,第一危険でしょうがないので,「止めてください」というと、逆切れして怒鳴られたこともありました。
そんな意地悪なお客は少数で、たいていの人は、少女たちが一生懸命働いていることに、好意的でした。
子供たちは、制服制帽で腕章をつけて、大きながま口型のカバンをおなかの前にぶら下げているバスの車掌さんを、カッコイイとあこがれていました。
ゆう子は制服の有ることが嬉しかったのです。ブラウスもスカートも、ほんの少ししか持って居ないゆう子は、家から制服を着て出ます。他の子は、ひらひらのワンピースを着て来て、車庫の更衣室で制服に着替えたりするのですが、ゆう子にはそんな余裕はありませんでした。

一年後にすぐ下の妹、たか子が中学を卒業しました。ゆう子はたか子も働き始めれば、自分も少しはおこずかいを持てるだろうと期待していたのですが、たか子は一番お給料の安い工場に就職しました。その会社には、「定時制高校に通う子は、5時に帰らせる」と言う決まりがあったからです。たか子は夜間の高校に進学したので、家には少ししかお金を入れられないのでした。
その二年後、三女のはる子が中学を卒業しました。この子はおとうさんの友達の植木屋のおじさんをちょっと手伝って以来、おじさんの仕事の美しさに魅了されて「弟子になる」と言い続けていました。おじさんは「女の弟子は持たないよ」と言うのに、「おじさんの娘さんだって、働いてるじゃない。お姉さんの弟子でもいいから」と粘って内弟子にしてもらいました。
はる子が植木屋に行く前の晩、みんなで食事をしたとき、ゆう子がいきなり大声で泣き出しました。「私だって好きな仕事がしたいのに、バスの仕事は不規則で,夜学には行かれないし,休みは火曜だけだから、通信制の高校も無理。たか子もはる子も、将来に夢を持てるのに、バスの車掌は、いつまでたっても車掌のまま、他の仕事に進む道はほとんど無い。私だって、将来を考えたい。好きな仕事がしたい。その準備に貯金ぐらいしておきたいよ」ゆう子の声は悲鳴のようでした。
みんなは初めてお姉ちゃんの苦悩に気が付きました。お父さんが言いました「そうだ、今までゆう子一人に苦労を掛けてしまった。甘えてすまなかった。お父さんも少し丈夫になってきたし、みんなでがんばってゆう子の負担を減らそう」
それからは、ゆう子も貯金が出来るようになり、お金がたまったら、給料は安くても勉強のできる仕事に移るつもりでした。

ゆう子も少しは将来に夢が持てるようになった入社6年目に、彼女の身に大事件が起きたのです。

バスの車掌の中には、悪い子も居て、カバンの中のお金を盗んで、持って帰ってしまう者がありました。日給の何倍ものお金を盗んでしまうので、会社は全員を抜き打ち的に調べていました。乗務の途中で、予備の車掌が「臨検です」と言って交代します。下ろされた車掌はカバンを会計係りに渡し、まっすぐ更衣室に入ります.そこには『検察員』という本社の女性が二人居て、制服を脱がせ、下着の中まで探って、お金を隠していないか調べます。パンツや靴下まで調べるのです。悪いことなどしたことの無い子には、耐え難い屈辱でした。
でもそれで盗みがばれて、首になる子も一部に居るので、文句は言えないのでした。

その『臨検』のとき、ゆう子のポケットから、百円玉が一つ出たのです。たちまち『明日から来なくていいです』と首を宣告されました。でもゆう子は無実でした。
酷い混雑の中、真面目なゆう子は後ろの方まで切符を切りに入ったのです。そんな押しつぶされそうな中で、受け取った百円玉をカバンに入れたつもりが,カバンの横のポケットに転げ込んでしまったのです。気づかないまま臨検になったわけです。
今首になったら、退職金ももらえないし、次の仕事は見つからないでしょう。生活は一挙に崩れてしまいます。

ゆう子の一大事を知った先輩の文子は、所長に言いに行きました。「百円盗んで、退職金を棒に振るほどゆう子は馬鹿じゃ有りません。真面目だから無理に奥に入って,混雑の中で知らないうちに百円がポケットに入ったに違いないのです.助けてください」しかし所長は、本社の検察員に見つかった以上、助けようが無い』の一点張り。頭に来た文子は、前の営業所長で、栄転して本社の部長になっているA氏に会いに行きました。
ゆう子の窮状を訴えると、部長は即座に、「あの人がそんなことをするわけが無い。大丈夫、首にはさせないから安心しなさい」と言ってくれました。
数日後、文子は、出勤が決まったゆう子を家まで呼びに行きました。
これでゆう子は元通り仕事を続けられ、将来の為の貯金もまた出来るようになったのでした。

きつい仕事を8年がんばったゆう子は転職して、のちに栄養師になりました。
by hisako-baaba | 2011-02-18 22:19 | Comments(6)
Commented by love-t_k at 2011-02-18 23:17
就職困難な今の世の中とはまた違った就職難の時代わかります。
このお話を今の子が聞いてどう感じるのか楽しみです
ゆっくりのんびりと素敵なのができると良いですね!
頑張ってくださいね
Commented by HOOP at 2011-02-18 23:38
ボンネットがわからないかも。
ひとことあったほうがよいかもしれませんね。
Commented by hisako-baaba at 2011-02-19 04:47
けいこさん
電話もテレビも無いってこと、理解できるかしらね?
説明が難しいわ。
Commented by hisako-baaba at 2011-02-19 04:49
HOOPさん
そうなんですよ。はじめに写真で、説明します。
それから今ワンマンバスで機械がやってる仕事全部、女の子がやっていたのだと先に言って置きます。
Commented by sidediscussion at 2011-02-20 08:41
子どもは想像力があるから、言葉の説明だけで十分自分なりの想像できるから、あまり説明してせっかくの物語の流れを止めないほうがいいと私は考えます。
こんなお話を体験したご本人から生に聴ける子どもたちは幸せです。
校長先生や担任の先生のお話をしっかり聞けない子も、hisakoさんのお話には集中できると思います。 
Commented by hisako-baaba at 2011-02-20 09:27
kiyokoさま
有難うございます。
ウチの孫が今度4年生になるので、聞いてもらって理解度を確かめます。
戦争の怖さも言いたいけど、戦後、こんな苦労をしていた時代が有ったことも伝えたいです。
実話を並べたらいくらでもあるので、短くするのが大変です。
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