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敗戦後の暮らし・・・偽学生アルバイトの話・・・③
街頭で物売りをしたなんて言うと、よっぽど大変だったように思われますが、実はそうでもないのです。当時は誰がどんなことをしようと、まあ普通のことでしたから・・・

空襲で焼かれた人はもっと大変でした。何もないのですからね。
やけトタン(焼け跡に落ちている焦げたトタン板や波板)を防空壕に被せて、中に雨水が入らないように周囲に堀を作ったりして縦穴住居のように住んだり、甲斐性のある男がいれば、材料を拾い集めて小屋を建てる。水道は意外なほど残っていて、鍋や洗面器は鉄兜(ヘルメット)で間に合うけれど、焼け跡で茶碗や皿を探しても使えるものは少なかったでしょう。

その点我が家は焼けなかったので狭くて不便でもちゃんと布団で眠れました。布団の手入れが出来ないので、木綿綿はがちがちのせんべいになるし、側も破れてしまいがちですが、一人一組の布団があったら文句は言えない時代でした。

母はお金持ちだった頃も着る物に贅沢を言わない人だったので、竹の子生活(衣類を一枚づつ田舎へ持って行って米と替えてもらう)が全く出来なかったけれども、自分たちの服は、破れた2着を裁断しなおして1着に仕立て上げる才能を母子とも持っていました。大正時代の足踏みミシンがありましたから、つぎはぎでも格好つけて着ていました。

夜、家に帰れば火鉢にお湯がかかっていたり、火鉢の炭がなければ七輪で何か燃やして雑炊を温めたり、母が温かいものを食べられるようにしてくれました。
第一、行火(あんか)にあたる事が出来ました。あんかはコタツの代用にしていたものです。コタツのやぐらが壊れてしまったので小さい行火に豆炭(炭の粉やコークスの粉を固めた小さい燃料)を1個入れて布団を被せて温まりました。
二人ならこれで十分でしたが、上に丸みがあるのでコタツのように食卓には出来ません。ちゃぶ台は横に置いていました。
若い方は行火なんて見たことがないでしょうから絵で説明します。本当は真っ黒い土の焼き物なのですが、黒く塗っては何も説明できないので、白いけれど黒だと想像してください・・・
敗戦後の暮らし・・・偽学生アルバイトの話・・・③_a0050728_16163418.jpg

丸みのある四角で、高さは33センチくらいでしょうか?幅は36~7センチかなあ。
四方の側面の一方に火入れ(小さい火鉢)を出し入れする大きい穴があって、三方にはまるい穴が開いています。
火入れの灰の中に赤々とおこした豆炭を埋めます。半日はもったと思います。
布団をかければコタツ同様温まれます。足は入れられませんが。
湯たんぽも使いました。ウチにはブリキのと、アメリカ製のゴムのがあって、一晩中足を暖め、朝はそのお湯で顔を洗いました。

暖かく寝ることの出来る家があり、ぼろでも着るものが足りたら、当時としては恵まれたほうです。
但し食糧がまともに配給されなかった戦後は、闇市で食料調達が出来ないときは大変でした。
米の配給通帳があって、米ではなく小麦粉をとった残りカスのふすまや大豆油の絞りかすまで米の代用食として通帳に記載されてしまうのです。食べられませんよ麦の皮なんて!呆れたのはアメリカの援助物資として届いた砂糖(赤ザラメで虫がわいていました)をカロリー計算で米の代わりに配給したのですよ。カロリーは同じでも砂糖をなめてご飯の代わりにはならないのに・・・仕方がないからみんなカルメ焼きを作っておやつにしました。道端の草は全部雑炊に入れたし、屋根に這わせたかぼちゃは立派なご飯の代わり、その葉も茎も蕗のつもりで食べました。屋根に一貫三百メ(5キロ)ほどの栗かぼちゃが何個も出来た代わりに、私が屋根の上を歩き回った為瓦がゆるんでしまい雨漏りを直すのが大変でした。まあそんな暮らしでも良い方でしたよ。闇成金の大金持ちを除いたらの話ですが・・・
はしっこい連中は闇でしこたま儲けられた時代です。危険な商売も多かった。進駐軍のPX(売店)で買ったバターやチーズやチョコレートなどをGI(米兵)が闇屋に横流ししたり、それを金持ちが喜んで買ったり・・・闇ならどんな物でも買えたらしいけれど、私たちには縁のない世界でした。

娼婦はアメリカの将校を狙い、仲良くなれると『オンリーさん』と呼ばれました。つまり囲われもののお妾さん。米兵と恋仲になって結婚した人も多かったけれど、除隊になってアメリカについて行ってみたら、向こうの暮らしが厳しすぎて、貧乏に耐えられず逃げ帰る人も居ました。兵隊だから食べていけたけれど除隊したら只の失業者だったという例がかなりあったようです。

厳しい時代が敗戦後5年間続いて、昭和25年に朝鮮戦争が勃発したことで、経済発展に繋がって行ったのは皮肉なことでした。
by hisako-baaba | 2005-11-27 17:33 | 偽学生になってアルバイト | Comments(5)
Commented by sohla at 2005-11-27 18:00
hisakoさん、はじめまして!私の実家に行火がまだあります、私は使われているところは見たことがないですが、この絵そのものです(笑)。黒くてツルツル。思わずコメントしちゃいました。私43歳、母77歳。母も数年前にメールがしたいとパソコンを始めて頑張ってやってる様です(でもブログはちょっと無理みたい)。色々なお話楽しみにしてますね!
Commented by komako at 2005-11-27 21:36 x
おばんです。
あんか・・・ワイの ちゃっけー頃あったよ!でも、絵とはダイブ違うモノですけど・・・
石綿詰まった所に、豆炭入れて、フトンの中に入れてました。暖かかった。それとは、違うのがなぁ?
Commented by hisako-baaba at 2005-11-27 21:42 x
sohlaさま  ようこそ いらっしゃいませ。
行火私の記憶確かでしたね。只ウチにはもうないので火入れが丸か四角か分からなくなっています。四角はやぐらコタツで行火は円かった気がするのですが。
お母様は私より3歳先輩。ブログおできになりますよ。簡単だもの。
楽しいからお勧めください。読んでいただける楽しさは格別です。  
Commented by hisako-baaba at 2005-11-27 21:57 x
komakoさん
石綿のアンカはは多分一つ進化したものだったと思いますよ。
私のは、コタツが買えたら必要なくなるものですが、
次世代のアンカは湯たんぽの代わりだったはず、そこから今の電子アンカに進化していったのでしょう。
石綿なら昔のカイロのでかいのですものね。カイロは使い捨てに進化したし。いろいろ便利になったものです。
Commented by sohla at 2005-11-27 23:59
やぐらこたつ!それも木枠だけありましたー。懐かしいです。
行火の火入れですか、今度実家に行ったら見てみよう・・・
母にブログを勧めがてら(笑)

↓ココに写真が載っていますが、丸が写ってますね。
http://www.dokkoi.info/~yochan37/public_html/0304sansaku/noukigu/noukigu1.htm
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1931年生れのhisakobaabaが七十代万歳と言って始めたブログが八十代に続いています
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