昨日の新聞に、東京最古の鉄の橋の記事が載っていました。
昭和30年の新聞記事に77歳の喜寿と書かれた橋が128歳になった今も健在だと。
明治11年に京橋の楓川に架けられた弾正橋で、大正12年震災後の復興計画で廃橋となり、昭和4年に現在地に引っ越してきて、八幡橋になったのだそうです。下を流れていた川は現在遊歩道になっています。
遊歩道の入り口の柵には・・・雀が・・・そういえばこの辺には雀がとても多いです。
遊歩道の草むらにはもう一つの橋が置かれていました。新田橋です。
木場5丁目の開業医 新田清三郎さんが、昭和7年、事故死した妻の慰霊の為と町の人のために現在の大島川に架けた細い人道橋で、彼の死後、皆が新田橋と呼んだそうです。
不要になってから八幡橋の傍に飾られたもようです。
八幡橋は遊歩道の上にかかる小さな橋でした。遊歩道は保育園の子供たちの良い遊び場。
橋の上の風景。木立の奥が富岡八幡宮。
八幡橋の解説が遊歩道のこんなところに・・・
そうしてこちらは昔の解説。この鉄の板は戦後盗まれそうになって大変だったとか・・・
明治11年から、前の新聞記事が出た昭和30年までが77年で、その年に喜寿のお祝いの化粧直しをしたのでした。
そうして昭和4年に引っ越してから今年までも丁度77年なのです。
明治11年から現在までは128年経っていました。以上東京一古い鉄橋のお話。