又知らない道を通って買い物に行ったわたしを、畑でおじさんが見ていたそうです。(そこがイナカなんですよね。よそ者はすぐわかる)何しろてくてく歩きで買い物に行く人なんか他に居ませんからね。
おじさんは、「知らん人が通るが、何処の誰で何処へ行くんだろう」と気になったらしいのです。
帰りに又通ったら、おじさんが話しかけたそうにしています。こちらも話したいから挨拶して「最近あそこのマンションに越してきたので、町のことを知りたいんです」と言うと、「ああ○○工業の跡だ。あそこは泥を全部とっかえたんだよね」「そうですってね、そんなに大量に入れ替えたんですか?」「放射能があったんだろ」(レントゲンの機械を作る工場でしたが、土壌にしみ込んだのは放射性物質ではなかったと聞いています)・・・で、話し込みました。こちらが開けっぴろげにしゃべるので、聞かない事まで話してくれました。私は名前も年も言わなかったけど、60歳だと言うおじさんは「ウチは練馬板橋に多い”O家”の一族だ。50年前父親がここに移住した。(練馬板橋がが宅地になったからでしょうか)当時この辺に学校は無かったから、四里歩いて通学した。」(まさか?四里歩いたら川越に着いちゃう。後から地図ではかったら4キロでした。それでも小学生には遠い)「この辺に工場が増えたのは40年ぐらい前からだ。そこの学校が出来て20年くらい。」「今この辺の土地は50万ぐらい、買うのは大抵近所の人だな。」「野菜は所沢の市場へ持ってく、近所の市場がなくなっちゃったからな」「トウモロコシなんかはここでも売るよ。配達もする。これから志木の蕎麦屋にネギ持ってくんだ」・・・そのほか神社の事や選挙の事などたくさん聞いて、「トウモロコシ買いに来ます」といって別れました。
おじさんの畑。

梅も咲いていました