昨日一緒に歩いた友人とは、この秋と、来年春の約束までしました。
今年の秋は、鉄道博物館に行き、大宮市内を案内してもらう。来年のお花見は中目黒で会って、目黒川沿いを歩き、西郷山の見晴らしの良いお屋敷を見物、恵比寿に出て、ビールを飲もう。それ以外にもまた展覧会などの切符をもらったらどこかで会いましょう…と言う予定です。
昭和26年、19歳の私がバスの車掌に採用された数ヵ月後に、15歳の彼女が同じ不動前車庫に入社しました。お互い長年勤めて、後輩の養成にもあたりました。私は9年余りで退職しましたが、彼女は、ワンマンバスになった後も事務職として、45年間勤続したのです。
結婚しても子供が無かったし、姑さんが元気だったので、彼女は60歳まで働き続けました。
夫婦とも定年を迎えてほっとしたとたん、ご主人が癌で亡くなってしまいました、90代の姑さんを残して。
姑さんを百歳を超えるまで、8年余り自宅介護を続けて見送ったら、親戚に姑の遺産を持っていかれてしまいました。子の無い嫁は立場が危ういのですね。
でも彼女は気前よく遺産を渡してしまって、公団の大団地に住み続けながら、通学路での子供たちの見守り、独居老人の孤独死予防、毎朝の体操で老人仲間の安否を確認するなど、ボランティアに忙しい毎日で、暇な日は週2日ぐらいしかありません。
いずれは一人暮らしが無理になる日も来るでしょう、その時のことも考えつつ、それでも今は人さまのお世話で忙しい日々を送っているのです。凄い人だと思います。
私たちがかつて勤めた不動前営業所には、3本の路線が有って、そのすべてが通るのは中目黒正覚寺でした。
東京駅丸の内口←→桜新町。新宿←→野沢竜雲寺。渋谷←→大井町。どの路線も中目黒正覚寺を通りました。
私は昭和33年9月26日、「狩野川台風」の夜、勤務中に正覚寺の橋の上で、家がもんどりうって川に落ちるのを目撃しました。橋もほとんど流されてしまい、床上浸水の被害が大きかったのです。
しかしその後目黒川の氾濫は一度も起きていません。
近年川岸の桜が見事になって、中目黒はおしゃれな街になったようです。私も一度行ってみたいと思っていました。二人にとって思い出深い目黒川で、来年はお花見です。