スペインラマンチャ地方のお話ですが、スペインには、近年までハロウィンの習慣はなかったので、この物語の中に出てくるハロウィンという言葉は、「万聖節前夜祭」というべきですが、日本でもハロウィンが大流行りなので、そのように語っています。
鋳掛屋と幽霊 (11分)
明かりが消えたそのあとで・マーガレット・リード・マクドナルド著 佐藤凉子訳 編書房
スペインのトレドの町からあまり遠くない広い平野の、丘の上に大きな茶色のお城がありました。
もう何年も、このお城に近づくものは一人もありません、なぜなら、このお城には毎晩恐ろしい幽霊が出るからです。
夜になると、城壁のあたりから、甲高い悲しげな声がうめいたり泣き叫んだりするのが聞こえてくるのでした。
そうして、毎年ハロウインの夜にだけ、奇妙な光がお城の煙突の上に現れて瞬いては消えるのが、麓の村からも見えるのでした。
勇敢な男たちが、お城の幽霊を退治しようとしましたが、みんな次の朝には、大広間の暖炉の前で死んで冷たくなっているのでした。
さて、ある年のハロウインの日のこと、一人の勇敢で陽気なエステバンという鋳掛屋が、ロバを引いてお城の近くの村にやって来ました。
エステバンが、村の広場に座って、鍋やフライパンの穴を直す鋳掛の仕事をしていると、村のおかみさんがお城と幽霊の話をしてくれました。
幽霊を退治したものには、お城の持ち主が、金貨をたくさんくれるという話でした。
「今夜は喜んでそのお城に泊めてもらいましょう。そして、その幽霊さんと仲良くやろうじゃないですか」と、エステバンは言いました。
「おいらは勇ましくって、陽気な鋳掛屋。怖いものなんてありゃしない。
人間だって、幽霊だって、旨いものと、あったかい火がありゃご機嫌さ。
幽霊退治のお供には、産みたて卵1ダース、分厚いベーコン、ワインの瓶。
それから暖炉にくべる薪」
村人たちは喜んでみんな用意してくれました。
エステバンはこれらの品物をロバの背に載せ、歩いてお城に向かいました。
お城の丘を登って行くと激しく風が吹き付け、稲妻が空を切り裂きました。
エステバンはお城の中庭にロバを繋ぎ、お城の大広間の特別大きなドアを押し開けました。じめじめと淀んだ空気が流れ出て来ました。蜘蛛の巣が顔に掛かりました。天井にはコウモリたちが翼を羽ばたかせて居ます。
エステバンはまっすぐ大広間の石の暖炉に近づくと、すぐに薪を燃え立たせました。
これで気分は上々。
エステバンはフライパンを取り出すと、ベーコンを切り取り、火の上で炒め始めました。
べコンの良い匂いが煙突をのぼっていったとき、煙突から声が響いて来ました。
「オウ~~~ ミ~~~
オウ~~~ミ~~~
落ちて行くぞ~~~ 暖炉の中だ~~~」
そして、暖炉の煙突から、ドスッ、男の脚が片方落ちて来ました。それは立派な脚でした。
茶色のコーデュロイのズボンをきちんと履いて居ました。
エステバンは焦げてしまわないように、脚を火のそばから退けてやって、ベーコンを炒め続けました。
「オウ~~~ ミ~~~
オウ~~~ ミ~~~
落ちて行くぞ~~~暖炉の中だ」
そして、もう片方の脚が暖炉の煙突から落ちて来ました。
エステバンはその脚も火のそばから離してやりました。そしてベーコンを食べました。
それからフライパンに卵を割り入れて、火にかざしました。
と、またもや声が響きました。
「オウ~~~ ミ~~~
オウ~~~ ミ~~~
落ちて行くぞ、暖炉の中だ」
「ああいいとも!」とエステバンは答えました。
「落ちてこい。だが、卵をぶちまかさないように気をつけろよ」
ドサッ 男の胴体が落ちて来ました。
エステバンは、胴体も火から離してやり、卵を焼き続けました。
「オウ~~~ ミ~~~
オウ~~~ ミ~~~
落ちて行くぞ、暖炉の中だ」
そしてドサッ、はじめに片方の腕が、それからもう片方の腕が暖炉の煙突から落ちて来ました。
「残りは頭だけだな」と、エステバンは言いました。
「どんな頭か、見るのが楽しみだ」
すぐにまたあの声がもっと甲高く大きく響いてきました。
「オウ~~~ ミ~~~
オウ~~~ ミ~~~
落ちて行くぞ、暖炉の中だ」
そしてドサッ、男の頭が暖炉の煙突から落ちて来ました?
それは立派な頭で、黒い目が光って居て長い黒い顎髭がありましや。
エステバンは火の上からさっとフライパンを退けました。
そうして、目の前で男の体のバラバラな部分がくっついて、ちゃんとした人間の
姿になるところを見ることができたのです。いいえ、人間の姿の幽霊なのですが。
「やあ、こんばんは」と、エステバンがいいました。
「ベーコンと卵はいかがかな?」
「わしは何にも食べないんだ」と、幽霊が言いました。
「だが、言いたいことがある。
わしの体がくっつき合うまで待っていられたのは、お前が初めてだ。
みんな体が半分落ちるまでに、恐ろしさのあまり、死んでしまった」
「わしの頼みを聞いてくれたら、お前を金持ちにしてやろう。
昔、わしは盗賊から金の袋を三つ盗んで、この城の庭に埋めた。
盗賊どもが追いかけて来て、わしの体をバラバラに切り刻んでしまった。
けれど奴らは金を見つけ出すことは出来なかった。
幽霊はエステバンを庭に連れて行き、ある木の下に印をつけました。
「さあ、ここを掘るがいい」と、幽霊が言いました。
「自分で掘るがいい」とエステバンが言いました。
幽霊が掘り始めました。
間も無く幽霊は金の袋を三つ掘り出しました。
「これは銅貨の袋だ。貧しい人にやってくれ。
これは銀貨の袋だ。教会に上げてくれ。
これは金貨の袋だ。お前が持っているがいい。
その通りにやってくれるかな?」
「引き受けた」と、エステバンが答えました。
幽霊はとっても嬉しそうでした。
「それでは、わしの体から服を脱がせてくれ。魂が安らげるようにな」と、幽霊が言いました。
エステバンが幽霊の服を脱がせると・・・幽霊はさっと搔き消えました。
これで彼の魂は安らかな眠りにつけたことでしょう。
朝になると、村人たちが、エステバンの死体を運ぼうとやって来ました。
けれどエステバンはちゃんと生きて居て、暖炉の前で、最後のベーコンと卵を食べているところでした。
「まだ生きているのかい?」村人たちはびっくりしました。
「ああ、生きているとも」と、エステバンは答えました。
「幽霊は、永遠にいなくなってしまったよ。 庭に幽霊の服が散らばっている」
エステバンは、ロバの背に三つの袋を載せ、城を出て行きました。
まず、銅貨を貧しい人たちに配りました。
次に銀貨を、教会に差し出しました。
そして、金貨の袋と、城の持ち主から貰った褒美の金貨とで、エステバンはそれからずっと、豊かに楽しく暮らしましたとさ。 おしまい。