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良い買い物___一人歩きは危ないのに

昨日の買い物はよかったです。

2年前に一足百円で買い揃えた足袋ソックス、大分くたびれてきました。この辺りではその後全く売られていません。5本指なら売っていますが。私は足袋が好きなのです。
生協では三足で900円から1100円します。
どうしても足袋型が欲しいので、昨日朝アマゾンに注文したら当日中に届きました。一足あたり200円で、なかなかいい感じです。

八百屋さんにはみかんを一箱頼んでありました。
箱の表に「秀」と、「3S」の表示のあるみかん一箱。つまり、甘さが最高で、一番小さいみかんです。テレビで美味しいみかんの見分け方で、小さい方が甘いと聞いたので、一番美味しいのを買ってみました。見た目は貧弱だけど、最高に美味しいです。超安いし。

箱を逆さまにして底から開けて見ましたが、傷んだ物は皆無でした。
220個全部出して、箱にくしゃくしゃの紙を敷いて、ヘタを下に向けて並べ、またくしゃくしゃの紙を敷いて二段目もヘタを下にして並べて、それ以上重ねず、蓋も閉めないで寒い部屋に置きました。残りも別の段ボールに二段並べて、箱の底の方にあったものから先に食べます。


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今朝はリハトレで、語るチャンスは得られなかったけれど、運動はしてきました。

私が留守の間に夫は、何を思ってか一人で内科に行きました。診察予定日でも無く、薬もまだ半月分あるのに。
そうして内科の隣の薬局の前でつまづいて膝と肘を擦りむきました。
見ていた薬剤師さんの話では、他の年寄りならもっとひどい転び方をして骨折したでしょう。上手に転んで怪我が少なかった、鍛えてきた人は違う」との事でした。
通りの向こう側でたまたま眼科の看護師さんが見ていて、駆けつけて内科に連れて行ってくださったそうです。眼科の看護師さんに、転んでお世話になったのはこれで二度目です。
怪我は小さくても転んではいけませんね。
一人で勝手に医者に行くのもやめて欲しい。薬が余ってしまうから。














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by hisako-baaba | 2018-11-30 18:15 | Comments(2)

山口県の伝説「とんべえ狐」_______薬は慎重に

⬇️一昨日「丹後松の由来」と一緒に収録しました「とんべえ狐」は楽しいお話なので、ご紹介します。

とんべえ狐 (周防中の浦のななふしぎ より再話)

周防国の中の浦から中の関に行くには、田島山の大峠を越えて行かねばなりません。
この大峠の頂上は切り通しになっていて、両側の高い崖の上からは松やクヌギの大木が覆い被さり、昼間でも暗い淋しい道です。

田島山には昔からいたずら狐が住んでいて、夜になると通る人を化かしたり騙したりするのでした。
だから村の人は夜は峠を通らないようにしていました。

さて、ある晩とうべえという若者が、中の関に行って用事を済ませた後、ちょっと飲み屋で一杯ひっかけたので、ほろ酔い気分で峠を登ってきました。
月のない秋の夜更け、とうべえは通い慣れた道を提灯で照らしながら登って行きました。
すると、頭の上からパラパラと松葉が降ってきて、首筋にかかりました。
「ははぁ、また狐が悪さをしちょるな」と思いながらずんずん登って行くと、こんどは砂や枯葉が降ってきて顔にかかりました。とうべいがとりあわないで登って行くと、頂上近くまで来た時誰かが追いかけてくる気配がしました。
とうべいが提灯をかざして後ろを見ると、若い娘が、
「あら、とうべえさに会えてよかった。ご一緒さしてくれやんせ」とにっこり笑いました。とうべえは(こんな夜ふけに、若い娘が一人で峠を越すわけがない)と思いながら、うまく話を合わせて、
「おや、あんたは西の地の花ちゃんか、それとも迫の桃ちゃんか。どうも酔っちょるからようわからんわい」と言うと娘は、
「あらとうべえさ好かん人じゃねえ。よっぱらっちょるの、足元危ないから気をつけしゃんせ」と言って近づき手を握ろうとしました。
相手が狐なら、手を掴まれると危ない、と用心しながら、
「提灯がいるなら持ってもええよ」と提灯を持った左手を出すと、娘は、
「ウチは、あかりは嫌いよ」と、二、三歩飛び下がりました。
やがて峠道は頂上を過ぎ、下り坂になってしばらくして二股に分かれます。娘は、
「とうべえさ、こっちの道が近道よ」と左の道を指さしました。
それは、近道どころか大久保の方へ行く山道です。
「そうか。近道を通っていのうか」とうべいはわざと酔ったふりをしてよろけながら山道に入って行き、
「お花ちゃんか桃ちゃんか、どっちでもええが早ういのう」と、娘の方へ提灯を向けると、チラリと、お尻のあたりに長い尻尾が見えました。
「ああ酔うた酔うた、ウチはまだかいの」
娘は追いついてきて肩を並べました。
とうべえは、提灯を左手に持ち替え、右手で娘のお尻をそっと撫でました。娘はびっくりして、
「とうべえさ、なにするのすけべえね」と慌てて離れようとしましたが、とうべえの手は素早く尻尾を掴んでいました。
「この悪さ狐め、このとうべえを馬鹿にして騙そうったってそうはいかんぞ。今夜こそひっ捕まえて狐鍋にしちゃるきに」と、力任せに尻尾を引っ張ったので、狐は正体を現し、ぎゃあぎゃあ鳴きながら逃げようとします。
力自慢のとうべえは逃がしてなるものかと力を込めて引っ張ります。狐も負けずにいきんだので、尻尾が付け根からすっぽり抜けて、とうべえは、
「あっ」と、尻餅をつきました。
狐は尻尾を取られたまま、キャンキャン鳴きながら山へ逃げて行きました。

さて、次の日の夕方、とうべえがひとりで夕食の支度をしていると、
「とうべえいるかや」と白髪のおばあさんが入ってきました。
「こりゃあ、開作の伯母さんようおいでたな。まあお上りなさんせ」
とうべいは喜んで伯母さんを家に上げました。
「時に伯母さん、今日は何用で」
「なあに、用事はないけどお前の顔が見とうなっての」おばさんは座敷の中を見回して、
「ところでとうべえや、お主やゆんべ峠で狐に会って尻尾を取ってきたそうじゃが、その尻尾、ちょっと見せてくれないかの」とうべえは(はて、ゆんべのことは誰にも話してないのに)とおもいながら、
「ああ、あの尻尾なら戸棚に入れてあるから、今出して見せやしょう。時に伯父さんは近頃達者かのう」
「おお、爺様はまめじゃとも、今朝も田んぼへいっちょったわ」
「そりゃあええことじゃ、伯父さんにも遊びに来てもらってつかさんせ」と、戸棚の中から大事そうに長い紙包みを出して、伯母さんに渡しまた。
「ふっふっ、とうべえころっと騙されたな。尻尾は見事取り戻したぞ」と、狐の姿になって、尻尾を咥えて外に飛び出しました。とうべえは落ち着き払って、
「ばかたれめ、われが狐ちゅうこたぁ直ぐに分かったわい。開作の伯父さんはのお去年の暮れにあの世行きで、どうして田んぼに出られるもんか。その尻尾をよう見てみい、今が盛りの茅の穂じゃ。これからは茅の穂をお尻につけて、仲間に自慢するがええ」と、手を叩いて笑いました。
は悔しそうに、「とうべえ、覚えちょれ。必ず尻尾は取り返しちゃるきに」と茅の尻尾を放り出して逃げて行きました。

次の日の夕方、とうべえが畑から帰ってくると、うちの中がめちゃめちゃに荒らされていました。
ぶつぶつ言いながら片付けていると、畔頭(くろがしら)の半兵衛さんが、
「とうべえさ、戻ったかや」と入ってきて、
「こりゃあ、どうしたんかや、盗人でも入ったごと乱れちょるなあ」と驚いているので、狐とのいきさつを話すと、
「さすが力持ちのとうべえさじゃ、ようもあの悪狐に騙されんで尻尾を取ったもんじゃ。こりゃあ豪気なもんじゃ」と、褒めながら、
「それで尻尾は無事じゃったのか、おお、隠してあったか、いったいどこへかくしておったんじゃ」
「なあに、台所の床下に埋めておきました。あそこならよもや狐も気がつきますまい」と言うと、
「なるほどなあ、そりゃぁええとこに隠した。そこなら狐も気がつくまい、これからも十分用心せえよ」と、半兵衛さんは帰って行きました。その晩とうべえは台所で何やらごそごそやっていましたが、夜が明けると何事もなかったように野良へ出かけて行きました。

いつも通り仕事に精を出したとうべえは、夕方早めに帰ってきて真っ先に台所へ飛んで行きました。
そこにはとうべえの思惑通り、一匹の狐が罠にかかってぐったりしていました。
「ざまぁみろ、なんぼ賢い狐でも、人間様には勝てんことが分かったか。われがゆんべ半兵衛さに化けて来たこたぁ先刻見通しじゃ、それを承知で罠をかけたら、まんまとはまりおってこのざまじゃ。と、とうべえは狐を縛り上げて、天井の梁にぶら下げてしまいました。
「さあて、明日は近所の衆を呼んで、狐汁でも振舞おうか」というと、狐は天井からぼろぼろ涙を落として、
「とうべえさ、私が悪うござんした。これに懲りて二度と人間さまを騙すことは致しません。どうか、この度だけは堪えてつかぁさい。うちが帰らんと、五匹の子供が飢えてしまいます。お願いです、とうべえさぁ」と訴えました。
とうべえはとうとうかわいそうになって梁から下ろすと、ついでに尻尾も返してやりました。
狐は「コン」と鳴いて上手にお尻にくっつけると、
「とうべえさま、ありがとうございました。ご恩は孫子の代まで忘れません。このお礼は、必ず家族一同でお返しさせていただきます。と、何回も頭を下げて帰って行きました。

それからは、峠をいつ誰が通っても、狐のいたずらは無くなりました。

とうべえが畑や田んぼで仕事をしておると、夕方に、周りに人がいないのを見て、狐が五六匹出てきて、芋掘りを手伝ったり、田植えを手伝ったりして、健気に働いてくれ、収穫どきには車に取り付いて後押しをしてくれるのでした。
また季節ごとに山菜や、木の実やキノコなどをどっさり家の前に届けてくれたり、まるでしもべのようにとうべえに尽くしたので、村の人々は「とうべえ狐」 と名付けましたが、いつしかこどもらは「とんべえ狐」と呼ぶようになりました。 おしまい。

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薬は極力飲みたくないのですが、激痛が有ったり厄介な症状が出たりしたら飲まざるを得ません。
漢方でも甘草が主な薬は気をつけないといけないようです。
脚などの攣りに、芍薬甘草湯が処方されますが、痛んでないときに呑んでも予防効果はないそうで、痛んでから飲むものらしいですね。昨日度々攣ったので飲んだら、今朝血圧が上がっていました。今は攣っていないから飲みません。
痛がっているとき飲んで間に合うのでしょうか?湿布で痛みを抑える方がいいような?
いつもの湿布はすぐ効くし。転げ回りたいほどの痛みは、湿布とバイブレーターで済ませたらそれで良いかも。

もう一種類の漢方は、膀胱炎の頻発を完全に抑え込んでくれているので、脚の攣りの薬に一時変えるのはやめて、ツムラ111だけを休まず飲みましょう。










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by hisako-baaba | 2018-11-29 10:57 | Comments(2)

血圧は正常値になったけれどやたらに筋肉が攣る

毎日昼寝をしていたら、昨日から血圧が正常に戻りました。

楽になった感じですが、同時に、手指や足指の筋肉が攣って奇妙な方向に突っ張ってしまうようになり、また足首の外側の筋肉が攣ってなかなか戻らないのです。指は昼間も度々攣り、足首やふくらはぎは睡眠時に攣ります。
今日は珍しく午前中にちょっと昼寝したら足首や指が攣って目が覚めました。

経口補水液や、スポーツドリンクで、脱水とミネラル不足を補っています。

漢方薬は二種類飲まないほうが良いので、ツムラ111はやめられないから、芍薬甘草湯は中止していましたが、あんまり痛いので、芍薬甘草湯を一時的に優先させています。

カルシュウム、マグネシウムの、サプリメントも良いと言いますが、サプリメントはあまり飲んだことがありません。必要なのかなあ???

血行不良対策は、機械に揉んでもらったり温めたりしていますが、半月ほど前から夜毎足先に軽い痺れを感じています。
昼間は「貧乏ゆすりエクササイズ」を、頻繁に実行しています。他所でやったらみっともないけど、家の中だから遠慮なしに貧乏揺すり。

今日は買い物以外、外出の用事はないから、椅子に座って貧乏ゆすりしながら、物語探しをしていますが、こういう時は歩いたほうが良いので、後でスーパーの中をうろつきましょう。

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さて、今日のお昼は鮭と味噌汁。ネギとアオサたっぷりの、油揚げの味噌汁にしましょう。江戸っ子だけど、赤だし味噌です。


[追記]
夕方、洋封筒など買いに行ったら、帰りに八百屋さんに寄る頃には真っ暗になってしまいました。

帰宅したら、息子が大事な書類を届けにきてくれていました。
父親の代理で、生存確認のハンコをもらうだけなのに、麻布まで二往復しなければならなかったそうです。本人が行かれないととても厄介なことになるのですね。
去年まで本人同伴で行けたけれど今年は無理でした。









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by hisako-baaba | 2018-11-28 12:07 | Comments(2)

発するFMで長いお話を二話語りました___「丹後松の由来」

朝から眠い日が続いていて、喉も痛いのですが、午後、収録に行きました。

「丹後松の由来」
「とんべえ狐」
、30分番組にちょうど収まる長さです。

一つご紹介して、私はこの後昼寝します。

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今日も、先々週に引き続き、山口県の伝説をご紹介します。

「丹後松の由来」 周防中の浦のななふしぎより再話。

このお話を語る前に少し説明がいるようです。
西暦で 1500年代の半ばごろ、周防国を治める大内義隆の重臣であった、陶晴賢が謀反を起こして、主君大内義隆を滅ぼしたことが元で、陶一族は毛利氏によって滅ぼされてしまいます。
その頃沼城という小さい城を守っていた陶一族の殿様と奥方は、家臣一同を助ける約束で、自害しました。その時幼い八重姫は、18歳のイトという 奥女中に託されたのです。
イトと恋仲であった、丹後又八郎は22歳、殿の末の弟で、丹後家を継いでいました。
落城後、家臣の命は助かるが、陶一族には厳しい処罰があるはず。丹後又八郎は、姪である八重姫と、イトを守って城を脱出し豊後に逃れようとします。その時のことを尼になったイトが50年後に語っている物語です。 それでは


「丹後松の由来」

皆さま今日は山中の薬師堂へようこそお詣り下されました。
今は寄る年波にただただ仏に仕えておりますこの婆の思い出話を、お聞きになりたいと仰せでございますか。

はい、はい、あのことがありましてから長い月日がめぐり今年は丹後又八郎さまの五十回忌のご法要が、間もなくでござります。

はい。私は徳山の奥の須須万(すすま)の在の者で、16歳で、須須万の沼城、陶さまのお城に上がり奥方様のお付きとなりました。沼城では殿様も、奥方さまもお優しい方で、わたくしを「イト、イト」と可愛がってくださり、それはそれは幸せな日々でありました。
ところが、私が十八になった年に、とんでもないことが起こったのでございます。
ご本家の当主陶晴賢さまが、謀反を起こされ、ご主君の大内義隆さまを滅ぼしてしまわれました。そこから始まりまして陶一族は毛利氏に滅ぼされることになってしまったのです。
毛利軍に囲まれた沼城では、殿様と奥方さまが、家来を助けるという約束で、自害なされたのでございます。まだ赤子でありました八重姫さまは、私に託されました。
そこへ、殿さまの末の弟君で、丹後家を継いでおられる、丹後又八郎さまが駆けつけて来られました。
又八郎さまはおん年二十二歳ながら、背が高く、武勇に優れたお方で、実を申しますと恥ずかしながら私とは二世を誓い合った仲でございました。
又八郎さまは、八重姫さまと、私ども奥女中三人を連れて抜け穴から城外に逃れました。
それからは、夜の間に山越えをし、富田(とんだ)の港を目指し、昼間は潜んで夜に港に着くと吉造さんという漁師が待っていました。数年前吉造さんの娘が丹後さまに命を助けられたとかで、この危ないお役目を引き受けて、舟に古着や食料を積んで待っていてくれたのです。吉造さんは西を目指して舟を漕ぎ続けました。戸田で夜が明けたので、岩陰に潜んで夜を待ち、次の朝は桑原まで着き、その次の朝には堀越えに着きました。
その夜も西を目指しましたが、春の嵐に翻弄され、桑原に吹き戻されてしまいました。
その晩また西を目指したものの夜が明けてしまったので、西泊に上陸しました。
そこで追っ手に見つかってしまい、船に戻れず又八郎さまが一人で追っ手を防いでいる間に、私どもは山に逃れました。又八郎さまも追っ手を追い払って、駆けつけられました。
それから山を伝って、小茅村の吉造さんの親戚を頼ろうと歩き続けました。

しかし途中で毛利の追っ手に囲まれてしまったのでございます。
「おのれ、毛利の探索方か、近寄るでないぞ、近づけば切る」追っ手が怯んだ時、又八郎さまは、追っ手の頭領に声をかけられました。
「いらざる殺生をしたくはない。貴公を男と見込んで、談合致したいが、いかがであろう」
「承りましょう」毛利方の頭領もひとかどの武士でございましょう。兜を取って腰をかがめました。
又八郎さまは静かに申されました。
「実は、豊後に渡って再起しようとここまで逃れて来たが、今や我が武運も尽きたようじゃ。わしはこの場所で潔く果てる覚悟であるが、ついては頼みがある。これなる供の者たちに罪はない。ただ忠義一途にわしについて来ただけのこと。どうか許してやってもらいたい。なお、幼児は我が娘で、イナと申すが、陶一族にあらず、丹後一族であるが故にご放免願いたい。頼みとは以上でござる」
「見上げたご覚悟のほど、感じ入りました。必ず、お志にそうことを誓約いたす。お心安らかにお旅立ちくだされ」
「ご好意のほど肝に銘じてあの世に参ります」と、又八郎さまは申されてから、私どもに向かい、
「よく同心してついて来てくれた。又八郎、厚く礼を申す。皆の幸せを草葉の陰で祈っておるぞ」と、申され、竹筒の水を一口飲んで、皆に回されました。これが別れの水杯でございました。
又八郎さまはとりわけ立派な一本の松を選んで根元に腰を下ろされ、
「さらば」と、皆に笑顔を見せ、小刀を手にして襟元を広げられました。
たまらなくなった私は、我を忘れて懐剣の鞘を払い、喉元に切っ先をあてがいますと、又八郎さまはすぐに気づかれ、
「イト!後追いはならぬぞ。そちには可愛いイナが居るではないか。母親の身で我が子を見捨てるつもりか! 生きて、イナを立派に育てるのじゃ」と、強い目の光で、八重姫さまを、私に託されたのでございます。これが最後のご遺言なれば是非もなく、せめてもの証にと、黒髪をぷっつり断ち切って泣く泣く今生のお別れをいたしました。
あの方のご最後を正視することはとても私にはできません、固く瞼を閉じて、ご念仏を唱えておりましたが、再び瞼を開いた時目に飛び込んできたそのあまりにも凄惨な有様は、今も瞼に焼き付いて、生涯消えることはございません。
作法に則って十文字にお腹を召された後立ち上がって我が手でおのれが首をはねられたのでございます。吹き上がった血潮が松の幹に飛び散って、まさに不動明王のごときお姿でありました。

私と八重姫さまががこの薬師堂に住まわせていただけるようになりましたのは、村の方々が、丹後又八郎さまの潔いご最後に心打たれ、お亡骸を親身になってお世話くださり、墓地に納めてくださってからでございます。
又八郎様が、自分の妻子であると言われた私と、イナと名を変えた八重姫さまを、薬師堂の裏に庫裏を建てて住まわせてくださったのでございます。

吉造さんと、きぬさんと、さとさんは、お咎めもなく里に帰されました。

峠道にありますこの薬師堂からは入り江を隔てて、又八郎さまが最後を遂げられた松の木が正面に見えるのでございます。

あれから10年ほどの後、あの山の持ち主さまが、木が育ったので全部伐採しようと、杣人を山にお入れになりました。
杣人は先ず一番立派なあの松に目をつけ、下枝の根元に鋸を入れたところが、真っ赤な血のような松脂が噴き出しまして、それが顔に振りかかった途端気を失い、十日も寝込んで、二度とあの山にははいりませんでした。山主さまは他の杣人を雇いましたが、あの松だけは、誰も伐ろうとしないので、山主さまも諦めて、一本松を残したのでございます。
それであの岬の頂上には、一本松だけが高々と聳えて、沖行く舟人の目印になっております。
有難いことに、根元に祠を建ててくださり、一本松は「丹後松」と呼ばれるようになったのでござります。

イナと名を改められた八重姫さまは、美しゅう成長し、今では中の関の造り酒屋に嫁がれて、五人のお子達の母親になっておられます。今でも三日に一度は里帰りというてお子様連れでここへ見えられます。

丹後松のお話はこれで終わりです。
本日は、山中の薬師堂へお参りの上、婆の下手な話を最後までお聞き取りくださいまして真に有難うございました。

皆様とこうしてお会いできたことは、お薬師様のお引き合わせと存じます。この静かな村と丹後松のことをお心の隅にとめていて下されば、何よりの喜びでございます。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。









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by hisako-baaba | 2018-11-27 15:26 | Comments(2)

超高層ビル、寿命が来たときどうするの?

シカゴの100階建てビルで、95階からエレベーターが落下。辛うじて11階で止まったそうで、6人が奇跡的に助かったのは良かったけれど、さぞ怖かったでしょうね!
ケーブルが1本切れただけで落下する、他のケーブルでなんとか止まったようですね。

築49年の超高層ビル。あと何十年か経ったら、使えなくなるでしょう。そのときどうやって壊すのかな?壊すことを考えて建てていたでしょうか?

外国でも日本でも、ニョキニョキ立ち並んでいる超高層ビルを見て、怖い感じがします。
私は、もし超高層マンションに住めるお金があったとしても絶対住みたくないです。
この8階だって抵抗がありました。3階以上には住みたくなかったので。
住んで見たら慣れましたが、地震で壊れなくても、ライフラインが止まったら、高層難民になると心配しています。

地面が足りないから上に伸ばす。そんなことを繰り返していて大丈夫なのでしょうか?
高層マンション全てにエレベーターを動かせるような自家発電装置あるのかしら?ライフラインが切れても、水は上げられるのでしょうか?


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志帆ちゃん、楽しいのが何より、健康も一番ね。

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by hisako-baaba | 2018-11-27 11:10 | Comments(4)

リハトレで「銅の鍋」を語りました
前回体調不良で休んだリハトレ、今日は行きました。
脚の力を機械で測る今回初めてのテストも受けました。左脚だから弱かったかも。次回受けて比較するまで、何が何やらわかっていません。
早めに予定の運動を終えて、ココアをいただいて「銅の鍋」を語りました。デンマークの民話です。

父親の死後、隣の地主に、家も牧場も巻き上げられてしまい、貧困に苦しむおっかさんと息子。地主から今日中に残りの借金を返せなければ、住まわせてやっている小作人小屋から出て行けと言われて、借金を頼みに回った息子、借りられず帰る途中、困っている小人を助けて川を渡してやると、お礼に銅の鍋をくれました。
鍋は、地主の家から、おかゆを持って来てくれたり、金庫からお金も持ってきてくれて、借金を返しますが、地主が怪しんで、見張っていると、銅の鍋がくると窓があき、金庫の鍵もあくのでした。捕まえようと、鍋の上に座った地主を鍋は乗せたまま飛んで、小作人小屋の煙突のてっぺんに止まります。

降りることができない地主は、おっかさんと息子の要求を呑まないわけにいかず、不当に取り上げていた牧場も家畜も家も、返すという証文にサインさせられます。地主は、自分の娘とこの息子の結婚も認めさせられてしまいます。
若い二人の幸せな婚礼のさなかに、役目を終えた鍋は消えてしまった。というお話。
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午後は、ヘルパーさんのお掃除。お風呂が綺麗で床もスッキリ。

夕食のキットも届いたけれど明日に回し、眠さが異常なので、お弁当を買ってこようと思います。
お風呂に入って早寝しましょう。ひたすら眠いです。






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by hisako-baaba | 2018-11-26 15:48 | Comments(2)

久米 銈さんの一族の皆さんと楽しい楽しい午後でした。

今日は5年前に、96歳の遺言を、文章にまとめさせていただいた、久米 銈さんのお嫁さんのお宅におよばれしてきました。
久米 銈さんから見て の、お嫁さんと、お孫さんたち4人と、そのお連れ合いたち2人、曽孫さん3人の、総勢10人が集結されてのお誕生会でした。長男さんと末っ子さんの彼女が同じ誕生日なのだそうです。
美容師のお孫さんご夫婦だけはお仕事で来られなかったけれど、曽孫のはなちゃんが泊まり込みできていて、その背の伸びたことにびっくり。
賑やかで和やかな素晴らしい家族。
久米 銈さんは5年前に亡くなられたけれど、みんながお祖母ちゃん、曽祖母ちゃんのことを懐かしんでおられます。この家族に看取られて、96歳の大往生を遂げられた久米 銈さんの晩年はお幸せだったなと改めて思います。ご本人も「今が一番幸せかも」とおっしゃっていましたもの。

私は知り合って半年で銈さんは亡くなられてしまったけれど、彼女の一代記を書かせて頂いたご縁は、本当にありがたかったと思います。
手巻き寿司パーティの後、語りを聞いて頂いて、ケーキ作りが始まったところで、5人のメンバーで送って頂いて帰宅しました。

語りは、「こじきのくれた手ぬぐい」「河童の詫び状」「白狐の恩返し」など。
おしゃべりはいっぱい。とにかく楽しい午後でした。

写真は、寿妙子さんにお任せ。送って頂いたら載せます。しばらくお待ちを。
お母さんのYouTubeを作っている寿妙子さんは、そこに私の語りも少し加えるそうです。それも楽しみです。

96歳の遺言、電子絵本と電子紙芝居はこちらです。
賑やかな画像頂きました。
良いご家族でしょう。

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写真は志帆のサッカーです。
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志帆はゴール決めたそうですよ。
とにかく低学年のサッカー、監督コーチも楽しそうですね〜



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by hisako-baaba | 2018-11-25 17:48 | Comments(4)

語りの原稿を二つ仕上げました____万博もですかぁ〜

昨日と今日は病み上がりなのにえらく根を詰めて仕事をしてしまいました。

「周防中の浦のななふしぎ」から、昨日は「とんべえ狐」今日は「丹後松の由来」を、語りの原稿に書き直しました。
いずれも12分以内にまとめることができました。
火曜日に語るために。

狐は、楽しいお話。丹後松は悲しい歴史。どっちを先に語ろうか迷います。
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買い物は近所だけ。
夫が入院した時のパジャマのリース代は支払い期限が1月ですが、呑気にしていたら忘れちゃうので、コンビニに支払いに行って、お弁当類を観察してきましたが、買いたいものが無かった。わたしにはコンビニ弁当は無理みたい。お惣菜も数が少なかったです。
スーパーのお弁当なら食べたいのがあるのに、なんでコンビニは嫌なのか、自分でもわかりません。
今日は配達のおかずキットを調理しますが、お弁当を買う日はスーパーの何処かに行きます。駅ビルのスーパーのお弁当が一番美味しいです。

明日の午後はおよばれしています。久々に会えるご家族、楽しみです。

タケシが大人びてきました。中学2年。
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オリンピックだけでもうんざりなのに、アフリカ諸国にお金ばらまいて?今度は、万博ですか!?
もうどこにそんなお金があるの?困っている被災者には配らないくせに。


マスコミは大賛成!
少数の知識人が警鐘を鳴らしても、意に介さないんですね。

思想家で神戸女学院大学名誉教授の内田樹さんは「『え』と絶句。『金が欲しい』以外に何の動機もない万博の開催がどのような悲惨なかたちで終わるのか、想像すると悲しくなってきます」とツイートした。内田さんは取材に「今回の万博の目的は経済波及効果だけで、世界に伝えたいメッセージや未来へのビジョン、歴史的意義がない。開催後に残るのは廃虚だけ。長きにわたって負債に苦しむことになる」と語った。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お先真っ暗な日本!







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by hisako-baaba | 2018-11-24 18:30 | Comments(8)

経営者はなんでそんなに多くの報酬を取るの?
今日も快晴。かなりスッキリ目覚めたら、血圧も、正常値までは行かないけれど、がくんと下がっていました。ゆるい降圧剤を2日飲んだだけで効くわけもないから、昨日一日中ゆったりしたお陰でしょう。
今日リハトレを休んでゆっくりすればもっとまともになりそうです。
お腹が空きました。

元気が出たら、世の中にぶつくさ言いたくなりました。

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企業の上層部で誰が逮捕されようが、排除されようが、私には訳がわからないし興味も無いけれど・・・ただね、役員報酬の多さには呆れています。会社は多くの従業員の労働によって、成り立っているのに、従業員の給与はケチって役員は何十何百倍も儲けているらしい。なんで?トップはそんなに報酬を取る資格があるの?訳がわかりません。

何十億?ってさ、どうやって使うの?どんなに贅沢したって使いきれないでしょう。
子孫に残して、ロクでもない子や孫を作るだけ?

明治の実業家の多くは、有り余る金を社会事業に使ったけれど、最近そういう話はあまり聞きませんね。

役員報酬を減らせば、従業員給与を増やせるのに・・・そうなれば消費も増えるのにと、ど素人は思いますけどね。

金持ちほど金を欲しがるのね。一生かかっても使いきれない金を欲張って、何になるのかしらね。幸せが買えそうには思えないけど。

使いきれない金を持ったらさ、児童の貧困問題ぐらいは、解決しようって気にはなれないんでしょうかね。

格差社会を作っているのは彼らなんじゃないのかな。










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by hisako-baaba | 2018-11-23 07:33 | Comments(10)

白ぎつねの恩返し

「白狐の恩返し」(福娘童話集より、再話)

むかしむかし、あるところに、五衛門さんいうお金持ちがいました。

 ある朝、五衛門さんが氏神さまへお参りに行こうと野道を歩いていると、一匹の白ギツネが狩人に追われて逃げてきました。
 五衛門さんは咄嗟にその白ギツネを、はかまの中へ隠してやりましたが、
 それを見た狩人は、そばへ来るとこわい顔で言いました。
「さあ、白ギツネを返してもらおうか。嫌なら、お前さんを撃ってやるぞ!」
 狩人は、五衛門さんに鉄砲をむけました。
「では、この白ギツネをわしが買おう」
 五衛門さんは財布ごと狩人に渡して、白ギツネを買い取りました。
「さあ、もう大丈夫だよ。でももう二度と、こんなところへ来るんじゃないよ」
「コン!」
 五衞門さんの言葉がわかったのか、白ギツネは頭を下げると山に帰って行きました。

 それから数日後、あの白ギツネが山のほら穴で寝ていると、外が騒がしくなりました。
(いったい、何の騒ぎだろう?)
 白ギツネがそっとのぞいてみると、おっそろしげな山賊どもが集まって相談をしています。
「いいか、明日の晩、五衛門の屋敷を襲うことにするぞ」
(大変だ! 早く知らせないと、五衛門さんが山賊に殺されてしまうかも知れない!)
 白ギツネは山賊たちがいなくなるのを待って、綺麗な娘に化けると五衛門さんの屋敷へ急ぎました。
 そして五衛門さんに言いました。
「わたしはこの前、あなたに助けていただいた白ギツネです。実は明日の晩、この屋敷を襲うと山賊たちが相談していたのです」
 それを聞いて、五衛門さんは、
「ありがとうよ。よく知らせてくれたね。でも、山賊相手にどうすればいいんだ?」
 屋敷にいる男たちを全員集めても、おそろしい山賊たちには勝てないでしょう。
 すると娘に化けた白ギツネが、
「大丈夫、わたしにまかせてください」
と、言うなり、外へ飛び出していきました。

 娘に化けた白ギツネは、となり町に住んでいる強いと評判の侍のところへ行くと、
明日の晩、わたしの家に山賊がやってきます。お侍さま、どうか助けてください!」
と、頼みました。
 侍はこの美しい娘の頼みを聞いて、一緒に五衛門さんの屋敷に来てくれました。


 さて次の晩、侍は屋敷の人たちをみんな近所の家に避難させると、丈夫なカギのついた倉の中に大きな火ばちを運び込み、炭火をがんがんおこしました。
 それから居間にもどって、一人で酒を飲み始めました。
 するとそこへ、刀を持った山賊たちが押しかけて来ました。
「五右衛門はどこだ」
「急用でみんな出かけた。俺は一人で留守番を頼まれておる。だが、金のありかは知っておるぞ」
「なら案内しろ」
「わかった。金はこっちだ」
 侍はそう言って、山賊たちを倉へ案内しました。
「ここに金も、金目のものもある、好きなだけ持って行け」
 それを聞いた山賊たちは、大喜びで倉の中へ入って行きました。
 すると侍はそのすきを見て、とうがらしの粉が入った袋を火ばちの中へ投げ込み、倉の外からカギをかけてしまいました。
 さあ、それから中は大変な事になりました。
 とうがらしの粉が火ばちの火で燃え上がると、その煙が山賊たちの目や鼻をおそったのです。
 山賊たちは目を開けられず息も出来ずに、その場にバタバタと倒れました。

唐辛子が燃え尽きた頃、
「さて、そろそろいいだろう」
 侍は五衛門さんたちをよんで来ると、倒れている山賊たちを一人残らずなわでしばりあげました。

 それを見届けた娘は白ギツネの姿にもどると、うれしそうに山へ帰って行きました。
 五衛門さんは、白ギツネの後ろ姿に向かって、手を合わせて言いました。
「ありがとうよ。白ギツネさん」
おしまい。
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今日は内科を受診しました。昨日からヘンテコなので。
お医者様の話。「血圧が160程度では、肩こり頭痛は誘発しない。肩こり頭痛がしんどいから血圧が上がったのです」でガチガチの肩こりをほぐす薬が出ました。つまりストレスが原因。
先生からも「ご主人がデイサービス行けばいいのに」と言われましたが、行かないんですよね〜
今日は息子が来てくれるので午後は寝られます。

[追記]
閃輝暗点(脳の毛細血管の血行不良で起きる、目の中のギラギラした光)が起きて寝ている間に息子がキッチンからごそっとゴミをまとめて帰りに出してくれました。ゴミはいつでも出せるマンションですが、一階まで持って降りるのもこの頃しんどくて、溜めこんでいたのがスッキリ。
血圧も少々下がって、これからお風呂たいて、夕飯作ります。
[追記の追記]
何しろ昨日と今日は、気分優れず力が出ず、何もしたくなかったけれど、昼寝して、お風呂に入ってからは、なんとか炊事もできました。血圧も150を切ったからでしょうか。
明日のリハトレは、休みますと電話しておいたし、明日までゆっくりゴロゴロしていれば、元気が出るでしょう。
明日は物語を打ち込む作業はできそうです。既に選んでありますから。語りに関する作業をしていれば、ストレス発散できるのです。










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by hisako-baaba | 2018-11-22 08:50 | Comments(4)


1931年生れのhisakobaabaが七十代万歳と言って始めたブログが八十代に続いています
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