義歯完成____ガラケーは何が良いでしょう?

以前の入れ歯に対して上顎が痩せて隙間ができたため、安定剤を厚塗りしても間に合わない感じになって、新調しました。
これでうまく喋れるでしょうか、まあ良い感じです。
語り手にとって、発音を妨げられるのは一番困る事です。
新しい入れ歯に慣れるために、たくさん稽古しましょう。

「古峯原(こぼがはら)さま」を語り、「古寺の怪」を読んでみました。
入れ歯は落ちてこないし痛いところもありません。馴染むにはちょっと間がありそうですが、保険の入れ歯にしては良くできて居るようです。
a0050728_16394514.jpeg
明日か明後日息子がipadmini の設定に来てくれて、入院中使えるwifiも用意してくれるそうです。
あいにく携帯が壊れたので、買い換えなきゃダメと思っていたら、wifiが有ればメールかラインで連絡取れますから、携帯の方は慌てずに探せば良いですね。

古い古い携帯の代わりもまたガラケーにします。
ほとんど使わないから、月々の費用が一番安いところにしたいです。
待ち合わせするときの通話だけで良いのですから、スマホは必要ありません。
ipadminiが有ればスマホは不要だと思うのです。目の悪い婆には。
ガラケーもほとんど使わないけど、無くては困るのです。人と会う時には。

どんな機種が良いでしょうね。



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# by hisako-baaba | 2018-05-26 16:42 | Comments(2)

リハトレで「山姥のシラミ取り」を語り、お別れもありました。
二日間ゆっくりした後のリハトレ運動は順調。理学療法士の先生が、曲がったまま伸びない左膝を「痛いけど伸ばすわよ」強引に押して、自分でやるボール潰しの運動を勧められました。
諦めていた膝、少しは伸びるかな。お風呂の中では一生懸命押して居るのですが。
a0050728_14583416.jpeg
今日でお辞めになるのは、語りの一番の聞き手だった方。
今日は「山姥のシラミ取り」を聴いていただきました。

彼女には1年1ヶ月、熱心に語りを聞いて頂きました。夜語りにも、2月のお話会にも来ていただきました。
もう一回会えるかと思っていたら、今日が最後とて、菓子折りを頂いてしまいました。
住所電話を交換、地図で住所を見たら、三輪車で行かれる限界ぐらいの場所でした。
彼女はしっかりお歩きになるので、みずほ台に会いに来てくださるそうです。

彼女が次に通うみずほ台にあるデイサービスは、接骨院がやっていて、歩行に特化して居るところだそうで、彼女の理想に合うようです。腰が曲がるのを気にしておられ、しっかり歩くのが目的なので。
そういえばリハトレは、歩行訓練がないですね。

そんな別れもありましたが、新たなお付き合いの始まりでもあり、よそのデイサービスの情報も聞けるでしょう。

帰ったら夫がいませんでした。生協からお昼にと、穴子寿司を届けてもらったけど、お昼は食べてくるでしょうから、夕食に回して、自分は1時半にカップ麺を食べていたら夫が帰宅、お昼まだだと。カップ麺でなく冷たいそうめんが良いと。仕方なくそうめんを茹でてキュウリを乗せてゴマだれをかけてあげました。作ってる間に自分の鴨そばが伸びてしまいました。






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# by hisako-baaba | 2018-05-25 15:09 | Comments(4)

「国は若者を守らない」96歳の体験はちゃんと聞きましょう___『追記有り』

国は若者を守らない。なのになぜ若者は安倍政権を支持するのか不可解です。
この先どうなって行くだろうかと、先を見通す目を持たないと、日大アメフト部みたいな羽目に陥るよ。
96歳の体験者の話はちゃんと聞きましょう。


元戦場ジャーナリスト浅井久仁臣氏の話も理解しよう。


日大アメリカンフットボール部の宮川選手の会見。

頭を丸刈りにして自分のやってしまった行為を悔いて必死に罪に向き合う20歳の青年の姿から僕が想起するのは、先の戦争でやってしまった残虐行為を、長年苦しんだ末に語り出した日本兵の姿。

これまでに多くの元日本兵(下級兵)が、上官の命令で戦地において掠奪や放火をしたり、現地人を「暴行」「惨殺」「刺突(銃剣で刺す)」した、と真情を吐露された。長年語れずにきて悩んだ末に告白しただけに、その目は力強く真っ直ぐに前を見つめ、嘘偽りが感じられなかった。時に周囲(同席した家族や元上官)が制止しても決意は固く話し続けた。

宮川選手の場合も、その罪の重さは消せぬものの、潔さを賞賛する声は少なくない。これこそが謝罪というものだ。

人間は弱さも多く持つ。絶対にあってはならないことだが、特殊な環境に置かれれば(追い込まれれば)、あと先を考える余裕を失い、保身から「人としてあるまじき行為」、“悪魔のささやき”に耳を貸してしまうこともないとは言えない。

では、そうならないために、われわれ大人たちは何をするべきか。

僕は、これまでにもしてきたことだが、息子を含む若い世代とは、僕の経験や多少の知見を伝えてこの様な罪の本質を様々な角度から考察し、そんな状況に置かれた際の対処法を共に考えていきたい。


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今日は晴れて暑いですが、左だけでなく右膝まで痛いし、上がっていた右腕が挙げにくくなったし、炊事洗濯と近所の買い物だけでバテバテ。
何にもしたくないから昼寝します。(2時間半寝てかなり楽になりました)


「追記」
下町の弁護士さんのブログ記事が面白いので、リンクします。
日大アメフト部の対応が、安倍そっくりだと。












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# by hisako-baaba | 2018-05-24 13:58 | Comments(4)

有ったことは有ったのです。消せることではないのです。

泉水 美和子さんのFacebook記事です。拡散します。




5年前、従軍慰安婦が話題になり、めちゃくちゃなことを言う政治家に腹を立てて、わたしが父から聞いた話を投稿しました。

今年も何人かの方が、その時のものをシェアしてくださいました。ありがとうございます。当時、投稿したのが【本文】です。でも、その時、いろいろな方が教えてくださったことから、【捕捉】を付けたくなりました。その都度、シェアしてくださった方のところには送りましたが、まとめて再度投稿します。よろしかったら、読んでください。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

【本文】

写真は、私の父が1819才。

第二次世界大戦の終わり間際に、徴兵されたときの軍服姿です。

父にとって、わたしは50才になるころ産まれた第1子(母は23才!)です。だから、わたしの世代にしては珍しく父が戦争体験者なのです。


父のアルバムで、この写真を見つけ、かっこよかったので、父の日の贈り物に絵皿に焼き付けてもらいました。白黒写真をカラーにしてもらいました。

でも、絵皿を見た父は、複雑そうな顔でお礼を言ってくれて、当時はなんでもっと喜んでくれないのか、不思議でした。今は、父の気持ちがわかりますが。


父に戦争の話を初めて聞いたのは、中学生の頃。

兵隊で中国大陸、ビルマまで行った父の話は、楽しい話でした。ビルマでは、「日本の兵隊さんが来てくれた」と村で大歓迎を受け、いろいろな料理でもてなしてくれ、中にカレーがあって、でも、これは辛いから日本人には無理と言われ、意地になって食べたら、気絶してしまったとか。

銃撃戦の中、後方で車の用意をしていたとき、流れ玉がスネをえぐり、倒れながら、「やった!野戦病院送りだ。看護婦さんにやさしく看病してもらえる」と思ったら、恐い軍医さんに「玉は貫通してるから、消毒して、あとは唾付けとけば治る」と、すぐ戦場にもどされ、あと一歩、前に出てればなーと、へこんだスネを見せながら、笑ったり。


高校3年の時、世界史のレポートで第二次世界大戦についての課題があり、関係資料を漁っていたら、従軍慰安婦問題の資料に出会いました。

高校生のわたしには、衝撃的な問題でした。

父に、これは本当にあったのか尋ねると、「あったよ。」


日本から来た女郎さんや芸者さんは、偉い人の愛人として迎えられていた。一般兵士には、朝鮮人の女の子たちがあてがわれ、粗末な小屋の前には、兵士が列をなしていたそうだ。

父に「お父様も並んだの?」と聞くと「可哀想でそんなことできなかったよ!」


まあ、聞く娘もなんですが。


「かわいい子たちだったねー。時々、休みがあり、その時は朝鮮の女の子たちを河原に遊びに連れて行ってあげたんだ。お礼にって、みんなで朝鮮の歌を唄ってくれた。看護婦募集に応募した子や、河原で洗濯していて、誘拐されたって子たちだった」


「野営地を移動する時、自動車(トラックの荷台)に具合の悪い女の子たちを乗せたら、上官からお父さんたち、死ぬほど殴られて、その子たちは、歩いてこれるならついて来いと、そこに捨てられた。可哀想でね。生き延びてくれていたらと思うよ」


父が語ってくれた戦争。


事実として、存在した拉致され朝鮮人の女の子の従軍慰安婦。


少なくとも父は、きっと亡くなるまで、彼女たちに申し訳ないと思って生きてきた名もない日本の少年兵士でした。


大阪市長で維新の共同代表は、どの立場でしゃべったのか知りませんが、非常時兵士には従軍慰安婦が必要だったなんて言われると、父まで侮辱されたような気になり、不愉快極まりないです。

人として、無理やり慰安婦とされた女の子たちに同情し、せめて自分たちは加わらないと決意をしていた兵士もたくさんいたのです。

年のいった兵隊さんで、「自分の娘と同じくらいの女の子たちが可哀想だ」と言って、加わらない人もいたそうです。

女性は性の道具のように、平然としかも、戦争を知りもしない人が、なぜあんな発言を公共の電波でするのだろう。なぜ、彼を支持し続ける人がいるのだろう。同じ日本人として、情けなさすぎる。


軍がやったのか、民間がやったのかなんて、わたしにはわかりません。


ただ、戦地で、朝鮮人の女の子の従軍慰安婦に出会ったわたしの父は、今、存命ならば、心からの謝罪をしたに違いない。何もできなくて、申し訳なかったと。

きっと、話を聞いていた17才のわたしと父の会った朝鮮人の女の子たちは、同い年くらいだったことでしょう。子を持つ親として、娘を持つ父として、この時の父は、どれほど思うことがあったろうか。

親となったわたしは、娘に事実を伝えようと語ってくれた父の勇気を誇りに思います。口をつぐむこともできたのだから。この事実を語ってもらえて、感謝しています。わたしは、謝罪の心を持てるから。そして、人に語ることが出来るから。


最後に、

父が河原に遊びに連れて行った女の子の中で、河原で拉致された子が話ったことです。

「こういうところで、洗濯していたら無理やりさらわれて車に乗せられ

、ここに連れて来られた。きっとお母さんは、わたしが川に落ちて死んだと思って、泣いているだろう。生きていることを知らせたい。でも、今の自分は見せたくない。どうすればいいんだろう。戦争が終わったら、お母さんに会いたいのに。」


この少女たちと、今、街中ですれ違う中学生や高校生との違いは、産まれた時代と場所だけ。同じ女の子です。

隣を歩いている女の子が、突然、拉致されて、不特定多数の男性の相手をする慰安婦にされてしまうなんて、考えられますか。

怯えて泣き叫ぶ女の子たちを殴りつけ、力ずくでレイプする。あきらめて抵抗しなくなった女の子たちを来る日も来る日も、集団レイプする。

それが従軍慰安婦の実態ですよね。

喜んで自分が兵隊さんたちの役に立ってるなんて、考える女の子がいると思う人は、いるのでしょうか。

他の国もやっていようがいまいが、そんなこと言う必要はない。

自分たちのやった行為のみを考えるていくべきです。そして、言い訳やごまかしをするのではなく、人と人の感情でお詫びすることは、しなくてはいけないと思います。


これは、私の創作ではありません。

日本軍に従軍した今は亡き父が、語ってくれた事実です。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

【捕捉】

この投稿の中で、189歳のぺーぺーの新兵だった父が、休みの日に慰安婦の女の子たちを河原に遊びに連れていった話があります。どうやって、連れ出したのかを聞いていませんでした。普通に考えたら、あり得ないことです。

でも、この投稿に韓国人の方が、父が聞いたのと同じ状況で拉致された元慰安婦の方をモデルにしたアニメーションを送ってくれました。

それを見て、分かりました。

父は、軍の中で自動車部隊として、物資や人を乗せた車の運転をしていたといっていました。

アニメの中で、慰安婦たちは月に1回、車に積まれ、街中の病院に性病の検査に連れていかれていたというシーンがあったのです。

ああ、これだなと思いました。

父は、そのトラックの運転をする時があったのでしょう。

そして、帰り道、ちょっとだけ、バレないように河原に寄り道していたのだと思います。

多分、わたしの投稿を読んだ方で、同じ「なんで女の子たちを連れ出せたの?」と疑問に感じた方がたくさんいたと思います。

投稿後に、教えてもらった以上のことを捕捉しておきます。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

私も兄から聞いています。

無かったことにしたいと言っても無理なんです。







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# by hisako-baaba | 2018-05-24 10:26 | Comments(12)

「嫁の草取り」エバーノートに打ち込む____ipadmini注文

今日は予定がないので、お話を覚えるために、本からコピーは取らず、自分で打ち込みました。

福島に二人の先輩語り手さんがおられて、色々民話の本を頂いており、幾つかずつ語って来ましたが、ラジオで語るとなると、次々覚えねばならず、それでは、本一冊ごとにまとめて語ろうかと思い立ちました。
それで、「かたれやまんば」の第五集から取り掛かっています。

「くすのき」は、印刷しないままでもう語ってしまいました。

「嫁の草取り」以前にも語っていましたが、久しぶりにしっかり覚え直して、発するFMでも語り、夜語りに語る候補の一つにしましょう。

その後は
「姥っ皮」夜語り候補。(これは本をコピーします。打ち込むの大変なので)
「山んばの餅」
「山んばのシラミ取り」
「古峯原様」
「薬種屋のおかみさん」は老人会では語れるけど、ラジオには向かない艶話。

語り手さんの出された本なので、語りたくなるお話は多いです。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
嫁の草取り 藤田 浩子「かたれやまんば第五集」より再話(6分)

むがーし、爺さまと婆さまが一人息子と暮らしてる家あってな、この息子に嫁の来てがなかったんだわ。
この息子な、それほど馬鹿つうわけでもねえし、よく働くんだが、話ししてもまったく面白くねえのよ。だから近所から嫁の来てがない。

そこで、村の人が遠くの村から嫁世話してくれたんだが、これがいわゆる仲人口で、良いことばかり言って連れて来たんだね。
その若え嫁さま「なんだべ、おら騙さっちゃあこんな婿さまんとこに来てしまって!」と不満に思っていたんだわ。
「こおだとこさ居たくねえ。何とか追ん出されるようにすっぺ」と、こう思ってな、飯い炊く時は焦がしてみる、味噌汁作る時は、味濃おくしてみたり、薄うくしてみたり、旨えもの作らねえように作らねえようにしてたんだわ。

ところが、その家の姑おっかさまが、嫁の気持ちわかってたんだか何だか?何やっても叱らねえ。
「いやあ今日の味噌汁は、ほれちーっと辛いようだけんども、こんだけ辛い味噌汁食っとけば、なんぼ稼いで汗出してもでえじょうぶだなン」なんて言って、ごしゃがねえ。
薄い味噌汁出せば、
「いやいや、今日の味噌汁は、これ年寄り向きだなン」なんて言って平気で飲んじまう。
焦げ飯出せば、
「いやあ、この焦がした飯っつうのもなかなか旨えもんだなン」なんていって、醤油かけて食っちまったりするもんで、なかなか追い出して貰えねえ。

そうこうするうちに夏になって、田の草取りがはじまったと。
田の草取りというのは、汗は流れる、葉先がちくちく顔に刺さる、腰は痛くなる、まず、辛い仕事だもんで、嫁さま「いやあ、毎日毎日田の草取りすんのはせつねえなあ」と思いながら、
「ほおだ、これ田の草とるときにまぁうんと引っ掻きまわしてやれば、稲倒れたり根が切れたりして、この嫁は悪い嫁だということになって、追ん出してもらえるかもしれねえ」とそう思ったもんで、まあ田の中引っ掻いて引っ掻いて、稲の根切れっちっまうほどにひっかいて、田の草取りしたと。

したればその秋、その田んぼからどっさり米が穫れたんだと。稲つうのはなあ田の草取るときうんと引っ掻き回しておくと、水ん中さ新しい風へえるし、根がしっかり張って、ほうで米がいっぺえ穫れるんだと。
それでまあ姑おっかさまが、
「いやいやおらえの嫁は、田の草取りする時に力惜しみしねえで、根の方まで引っ掻いたもんで、根がよく張って米がいっぺえ穫れた。良い嫁だ良い嫁だ」と言って褒めてくっちゃんだと。
柿の皮厚く剥けば「漬物に入れるのに丁度いい」と褒められ、芋の皮厚く剥けば「兎や鶏に食わせるのに丁度いい」と褒められるし、まず何やっても褒められるもんでな、とうとうその嫁さま、出て行くきっかけ掴めねくて、ずうっとその家で、姑おっかさまと仲良く暮らしたんだと。
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ipadがフリーズを繰り返すし、二台並べて使いたいことが屢々有るので、ipadminiを、注文してもらいました。
小さい方がスタジオや病院に持って行くのに都合が良いし、目も大丈夫なのでminiにしました。息子がセッティングしてくれるのは1週間後ですが、楽しみです。

今年は特にこういう出費のために、出来るだけ始末して、予算を作っていました。






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# by hisako-baaba | 2018-05-23 16:29 | Comments(4)

発するFMで「クスノキ」と「後追いしだいだか」を語りました___6歳画伯の絵に物語を書いちゃった。
昨日は疲れて夕方耳鼻科に行く元気がありませんでした。
今朝は喉がひどい状態のまま収録に行き、昔々のバスガールの2回目の前と3回目の前に加える説明を収録。

そのあと「クスノキ」と、「後追いしだいだか」を語りましたが喉が辛いのと話を飛ばしてしまうのとで、とりなおしさせてもらって、もう無理なので帰りました。

Facebook友の家の画伯ちゃんは娘ちゃんでした。6歳?の絵に感心して、物語をつけちゃいました。
上手だけどお子さんの絵にしては暗かったので・・・・お嬢ちゃんとは思いませんでした。
a0050728_14301008.jpeg
子守り奉公に出された娘。赤ん坊を泣き止ませることが出来なくて叱られ、池のほとりで泣いていると、大きな蛙が出てきて言いました。
「わしはこの辺りの蛙のおさでござりやす。
先日お前様は干上がりかけた水溜りから、我らのオタマジャクシを助け出してこの池に届けてくれました。そのお礼にこの飴をあげます。これはいくらねぶっても減らないが、これをねぶらせていれば赤ん坊は機嫌よく笑い、穏やかに眠ります。
それからお前様には、美しい娘に育つマジナイをかけておいたから、きっと幸せになれるでしょう」と飴を渡して池に帰って行きました。

娘はそれから赤ん坊を寝かしつけるのが一番うまい子守りになり、年頃になるほどに美しさが増して、立派な家から嫁に望まれ幸せに暮らしたということです。 hisako作。


これから耳鼻科に行ってきます。

夕方耳鼻科に行きました。ファイバースコープを鼻から通して喉を診て頂いたのですが「特に厄介な病変はないので、薬は出しません。喉の吸入に通うのがいいでしょう。」???
現に発声に困難をきたしているのに???
外科で頂いてる鼻にシュッと粉末 を吹きつけるのと、喉スプレーだけじゃいつまでたっても治らないっていうのに。???どうすりゃいいの???大いに疑問です。
喉の吸入は効き目がさっぱりわからないし、毎週通う暇もない。

帰り道歩道の坂で接触不良を起こしてエンストしたら、バイクのお兄さんがすぐに止まって降りてきて「大丈夫ですか?坂の上まで押しましょうか?」とご親切に言って下さったのですが、少しでも手伝って貰えばいいものを、「ありがとうございます。大丈夫です。バッテリーをちょっと上げて付け直せば動くので」と、お礼を言いながらお断りしちゃいました。
バッグから鍵を出して、バッテリーをちょっと外してつけたら、まともに動きましたが、人様の親切を無にしなくても良かったなあと反省。平らなところまで押してもらってから直しても良かったのにね。それにしても親切な人だなあ。嬉しかったです。







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# by hisako-baaba | 2018-05-22 14:35 | Comments(2)


1931年生れのhisakobaabaが七十代万歳と言って始めたブログが八十代に続いています
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